第17章 温泉旅行へ*2日目午後編*
「いつまでむくれている」
宿の対岸は、うっそうとした森だった。桜は、橋を渡った先でへたり込み、信長を見上げる。
「むくれてませんっ」
ぷい、と信長から顔を背ける。
「桜」
信長が、桜のそばへしゃがみ込む。
「そこに蛇がいる」
「ぎゃあっ!」
桜は文字通り飛び上がり、正面にいる信長に抱き着く。蛇なんて想像するのも嫌だ。桜を力強く抱き留めた信長が、じっと見降ろしてくる。その視線に少し冷静さを取り戻した桜。恐る恐る確かめるけれど、何もいない。
「…信長様?」
「貴様は本当にからかいがいがある。光秀の気持ちが分かった」
「ひどいっ!」
憤慨して、信長の腕から慌てて離れようとする。
「貴様から飛びついて来たのだろう。遠慮するな」
「結構です…っ」
暴れる桜を逃がさず抱きしめて、信長が地面に腰を下ろす。そのまま膝の上に座らされてしまった。
…そうだ。
恥ずかしさを奥にしまい込んで。桜は今が好機とばかりに腕を伸ばし、信長の首筋をくすぐった。
「―――ッ!」
声は出さずに済んだものの、びくっと大きく反応した信長。赤くなったその顔で桜を睨むけれど、いつもの迫力はない。
「貴様…」
「さっきの仕返しです」
伸びてくる信長の腕につかまる前に、ひらりと立ち上がり逃げる。
「いい度胸だ。…後で覚えていろ」
土を払いながら立ち上がった信長の顔には、余裕の笑みが戻っていた。後がどうなるのかは、考えたくない。