第28章 少女のいる世界
ボトルが二人分、別のものが並んでいたにも関わらず、簡単に自分の使っていたであろうものが分かってしまって、それを使って…言われたとおりに、ちゃんと念入りに髪を洗ってトリートメントもした。
どうしてあんなにもトリートメントにこだわったのかは分からないけれど、彼が望むのならばそうしようと素直に感じた。
お風呂から上がると、そこには綺麗に畳まれたパジャマが。
手に持ってみると、ふわりと彼と同じ香りがした。
いいにおい…
試しにそれを頭から着てみると、袖がぶかぶかで丈も長くて、なにより私を丸ごと包んでしまうくらいに大きくて。
ズボンなんかに至っては大きいどころか履けないようなサイズ差があったため、諦めて上だけお借りすることにした。
下着類は流石にタンスの位置だけを教えられたので、その中に並んでいたものから適当に選んでみたのだが。
『お、お風呂…上がりました』
脱衣所から出てチラリとリビングを覗く。
…しかしそこには、誰もいない。
明かりはついているのにしん、としたその空気がなんだか落ち着かずに、リビングにゆっくりと足を踏み出す。
すると、どこかから彼のものと思わしき声が小さく響いてきて、それに向かって近づいて行く。
そこは、一番奥の部屋。
まだ中を覗いていない…彼の寝室と思わしき部屋。
しかしそこで、やけに耳のいい私は、ハッキリと彼の声を聞いたのだ。
「手前何電話なんざ寄越してんだよ、番号変えたはずだろ俺」
あ、電話中だ。
なんて思って立ち去ろうとした矢先のこと、彼が私の名前を口に出す。
「ああ、蝶?状態は首領から聞いてんだろどうせ…ああ、そうだ。記憶が…“完全に”無かったらしい。前みたいに俺限定で忘れてるってわけじゃあなさそうで、自分のことも分かってなかった」
前、みたいに…?
中也さんが記憶をなくしてた話なら、少しだが今日ちゃんと聞いた。
けど…私が?
これが、初めてだったんじゃないの…?
二回も忘れられて、なのに私と一緒にいるの?
「このままずっと思い出さなかったらって…んなもん前と変わらねえよ、記憶があるかないかはどっちでもいい。どこにも手離すつもりねえし、本人が離れたいっつったとしてそれを鵜呑みにするようなら殺すとまで言われてんだから」
…殺す?
この人は、いったいなんの話をしているの?
誰かに言われたから、私といるの…?