第28章 少女のいる世界
『なに、これ………、な、んで私、食事とか…あ、れ?…普通に、ご飯食べて…?』
どうしてだろう、“普通”なはずなのに、何かがおかしい。
こんな普通よりも、針に刺された栄養投与…それに毒物の投与の方が、ずっとずっとしっくりくる。
ご飯なんか…美味しいものなんか、食べ物でも飲み物でも私を何かの中毒にさせるようなものが殆どで。
「…蝶」
『っ!!、ごめんなさい…食べますか、ら……?』
私が箸を落としてしまったのを怒るでもなく、悲しむでも驚くでもなく、その人は平然と私に箸を差し出した。
いいや、正確に言うと、ご飯をつまんで箸をこちらに向けていた。
私の落としたそれじゃなく、彼の使っていたそれを。
どうして?どうして怒らないの?
呆れたんじゃないの?
困らせたんじゃないの?
なんで、貴方は…そんなに真っ直ぐ、私の事を見てくれるの?
なんで、普通じゃないのに変に思わないの?
「……どうしたよ、ぼーっとして?食わねえの?…お前が食わねえならマジで俺が食うけど」
彼のその言葉に、ヤケになったわけでも無理矢理でもなくて…私は自分の意思で口を開けた。
するとそこに箸を運んでくれて、私が食べるのに合わせて箸だけを抜いてくれて。
それからは、残っていたご飯を食べきってしまうまで、彼が何度も丁寧にご飯を運んでくれて…たまに水分を補給するよう指示されたりなんかもして。
何も、違和感がなかった。
心地よくて、自然で、抵抗もなくて。
好き、だった。
「はい、完食だ!偉いぞ蝶、全部食べられたじゃねえの!病み上がりなのに頑張ったなぁ…」
微笑ましそうな表情で褒めちぎって、頭をくしゃりと撫でられる。
少し驚きはしたが、ちょっと間呆然として、すぐに頭を働かせた。
『何、したの?…私、こんな風にご飯食べられたの初めて、で…』
「…抵抗、なかった?……覚えてないのに突然食べさせられたりなんかしたら、怯えさせちまうかと思ってたんだが」
『どうして?』
「どうして、って…お前…」
『……ほんとだ、なんでだろう。…それにこんなにしてもらったのに、なんだか物足りない』
私がそうもらせば中也さんは目を見開いて、それから何かをこらえるようにして言った。
「それは…内緒だ。思い出すまでの楽しみに取っとけ……さて、風呂にでも行ってこい!ちゃんと念入りにトリートメントしてこいよ!」