第22章 云いたかったこと
「…で、中也?君…気付かなかったのかい?」
「……気付いてたらこうなっちゃいねえだろ」
「まあまあ太宰君、僕の方から話はしてお「この子の事を勝手に連れ帰ってきて面倒見て、勝手に懐かせてしまったんです…生半可な事をするのは、何よりこの子が可哀想だ」…それもさっき言ったから。最初から完璧にこなすことは誰だってできることじゃあないんだし」
森さんと話をしているうちに気付いたことがいくつかあった。
俺自身が気付いていないだけで、蝶はずっと、俺のことしか見てはいなかったこと。
ずっと、俺のことしか考えていないこと。
…ずっと、我慢していたこと。
太宰の腕の中で寝息を立てている少女はいつもと変わらず綺麗で、どこか儚くて…しかし、その目元にはうっすらと涙のあとが残っていた。
ああ…また泣かせてしまった。
そう気付いた時に、初めて…初めて、だったのだろうか。
どうして自分の前で、泣いてくれないのかと…どうして自分のところで泣かせてやれないのだろうと。
嫉妬や不甲斐なさが入り乱れて、こっちまで胸が締め付けられる。
俺は太宰や森さんのように、優しく接することも、器用に立ち回ることも苦手な人間だ。
だが、蝶に対する思い入れだけは誰にも負けないと…そういう自信はあったはずなのに。
「ただでさえ怖がらせてしまったばかりなんだ…距離感が微妙になっていた時にそのまま拗れてしまうのは非常に拙い。……浮気性の男は愛想つかされるよ」
「…愛想も何も…蝶はまだ怖がってる部分があるだろ、俺に」
「馬鹿なの君?当たり前だろう、そんなの…蝶ちゃんはそもそも、人を信じ始めたばかりの子なのだよ?……さっきも、ずっと言っていた」
悪い子になったら見捨てられるからと。
“ママ”からもずっと教えられていたのだと。
蝶が悪い子だいい子だと…普通の子だ、君の悪い子だと気にしてしまうのにも、改めて納得がいった気がした。
いくら周りが言ったところで、植え付けられるように教えこまれたそのトラウマは変えられない。
そんな中で、差し出された手が…中途半端にどこかへふと向いてしまったら。
…こいつからしてみれば、どれほどそれが恐ろしいものとなってしまったのだろうか。
小さな身体で我慢して、繕って、溜め込んで。
「……寂しがらせてあげないでよ」
「…おう」
少女を背負って、ゆっくりと歩き始める。