第12章 夏の思い出
通話が切れてから、中也さんは大きく長い溜息を吐いた。
この夏休み、周りから驚かれるほどに効果のあった方法だ。
「蝶ちゃん、褒めたら伸びる子だもんねえ…女の子はやっぱり愛嬌だわ」
「あれ割とこっちも照れんだぞおい……いやマジか、でも確かに効果がねえわけじゃねえんだよな…」
中也さんが言うのは事実で、元々ご飯自体が食べられなかった小さな頃の私も、それで少しずつ食べるという行為を進んでするようになっていったものだ。
中也さんは私の手から箸を取って、プチトマトを摘んで持ち上げる。
それに中也さんの方を見上げると、食えるか?と見つめられた。
『…トマトやだ』
「……じゃあ質問を変える、食えるようになりたいとは思うか」
中也さんの的確な質問の変え方に、すっと頭にその声が入ってきた。
上手い人だ。
そういう言い方をされると、従いたくなるのが私の性なのに。
チラ、と中也さんの持つ赤い実に目を向けてから、小さく口を開く。
すると中也さんのもう片方の手が頭を撫で始めて、少ししてから口の中に嫌いなそれが入れられた。
もうここまできたら意地で噛んで、嫌な食感に耐えて食べてしまう。
ゴク、と飲み込んでしまってもまだ中也さんの手は私を撫でていて、それでも顔を強ばらせながら何も言葉を発さず大人しくしていた。
そうしていると中也さんは箸を置いて、その手を私の身体に回してよしよしと軽く抱きしめる。
そして額に柔らかく口付けが落とされ、予想もしていなかったその行為に目を見開いて中也さんを見た。
『ぇ…、な、んで……』
「……そりゃ、褒美だろ。よく食った、偉いぞ」
ナデナデと大きな手にあやされて、胸が高鳴る。
本当に単純な話…トマト一つでこんな風にしてもらえるんなら、たまに頑張るのも悪くないかもしれない。
何よりもこの人から偉いと言われるのがたまらなく好きなのだから。
私を一番近くで見ていてくれてきたこの人に、そう言って褒めてもらえるのが大好きなのだから。
「ほら、もう嫌いなもん食ったろ。残り食っちまうぞ、折角デザートのケーキもあるんだ、食いてえだろ」
心なしか顔の赤い中也さん。
「おお、相変わらずすごい効果…じゃなくて、だからそれ僕が買ってきたやつだから」
『ケーキ…!トウェインさんありがとう!!』
「蝶ちゃん、今度家おいで」
「何ナンパしてやがる手前」