第2章 人の顔と名前って大体一致しないことが多い
「……っ!?」
息を飲む音が聞こえる。
唇を噛み締めていて酷く苦しそうに。
まるで贖罪でも請うかのように。
少年は重い口を開いた。
「沖田、総悟でィ」
「……沖田……さん?」
ああ、何てことだろう。
いや、当たり前か。あそこに置いていった時点で覚悟はしてた。確かに俺のことを忘れて幸せに暮らしていてくれればいいと願った。
けれど、まさか記憶にも残らなかったなんて。
こんな苦しいことだったのか。
楓が幸せならこの苦しみにも耐えられたのかもしれない。
けど、無理な話だろ。
こんな、目の前で空っぽの目で泣く女が幸せなのかなんて。
「ああ……沖田、総悟だ」
「……沖田さん、私、死んでしまったんですか?」
「……いや、生きてるぜ。ちゃんと」
「……生きてるの?」
「……ああ」
なんだ、私生きてたんだ。
まだ頭がぼんやりとする。
頭痛と、悪寒がだんだんと覚醒してきて。
生きている痛みを実感した。
吐き気と、気怠さがぐるぐると頭をかき回す。
「……うっ……」
「!?……どうしたんでィっ!」
体が熱いのか寒いのかわからない。
沖田さんは焦りながらも私の額に手を当てて、その高すぎる温度に驚いていた。
「すぐに医者を呼んでくるっ!」
「待って……っ……」
あれ。
無意識にその袖に手を伸ばしていた。初対面なのに、浅ましいことに行かないで。なんて思ってしまったのだろうか。
ああ、やっぱり酷く驚いてる。
ごめんなさい、直ぐに手を離すから。
なのに、手はなかなか離れてくれない。まるでもう一人の私が私の行動を止めているかのようで。
「……どこにも行きやしねぇよ」
その手の上に、大きな手が重ねられる。震えながらもまっすぐにこちらを見る瞳。
酷く安心できて、また意識が微睡む。
こんな生きている眠りなら、きっとまたすぐ覚めることができるだろうから。
今はしばらく、おやすみなさい。