第1章 自己紹介は己の人生を決める大事なセレモニー
昔、ずっと昔。
まだ新選組ができていなかった、オンボロ道場で肩を並べたあの時代。
綺麗な黒髪と快活な笑顔で俺らを出迎えてくれた、あの幼顔。
間違いない、間違えるはずなどない。
あの時、江戸へと向かうあの時に確かにあの地に残してきた。
「なんで、ここにいるんだ……」
沖田は、呆然と混乱した頭で考えを張り巡らす。
あの時、俺たちは上京する為に楓とミツバに別れを告げた。
辛くなかったといえば嘘になる。
俺たちを見送っていたあいつはまた不器用に泣くのを堪えて笑っていたから。
だが、これから進む道がそう容易いものではないことも知っていた。俺はきっとこいつを女らしく幸せにしてやることはできないんだろうと。だから、こいつだけでも幸せに、女の幸せを掴んで変わらぬ笑顔で生きていて欲しかった。
後で姉さんに聞いたら、楓はあの後両親と引越しをして以来連絡がつかなかったと聞いた。顔を見たかったわけでもないが、無事なのだろうと思っていた。
そう願っていたからこそ、置いていったのに。
なのに、何故こんなボロボロで。
目なんか涙の跡で腫れきってて。
体はすっかり衰弱してて。
思わず、その軽すぎる体を抱える。
「ちっとも、背なんか伸びてねぇじゃねぇか……俺の言った通りだったぜ」
ぐったりとして、目を開かない。
現実は、いつだってひどく残酷だ。
「チビで、泣き虫なのに強がりで、バカでアホで、ぶっさいくで背の低い……」
心に、雨が降る。
失った隙間を抉るような針の雨が。
「なんて顔して、帰ってきてんでィ……楓」
やっと自分の腕に収まった理想とはかけ離れた現実の姿に、心が壊れそうになった。
肩に、近藤の厚い手が置かれる。
その手は、微かに震えていた。
「総悟、取り敢えず体の手当てが先だ。積もる話もあるだろう。……俺からも、楓ちゃんには挨拶がしたいしな」
沖田は、黙って頷いた。