第1章 自己紹介は己の人生を決める大事なセレモニー
ただ、二人だけがその場から動かずにそこに佇んでいた。
神妙な面持ちでお互いを見つめている。
そして、その沈黙を破ったのは局長の近藤だった。
「……あの、トイレ行きたいんだけどぉ」
「……はぁ、いい加減肛門括約筋を鍛えてくれ。頼むから」
「酷い!」
とはいえ足をもぞもぞと動かしている中年の男性は見るに耐えなかったので手洗いに向かわせた後また顔を付き合わせ神妙な面持ちで話し出した。
「今回の件、どうもきな臭せぇ。幕府とやっこさんの間で一体何があったかは知らねぇが俺たちに一体何をさせようってんだ」
「……だが、お上の名に背くのは士道に反する」
「近藤さんの気持ちも分かるが、警戒はしといたほうがいい」
「……」
「む、なんだこの音は」
「っ!?」
二人が頭を抱えながら悩んでいる時だった。
突然天井がメキメキと鳴ったかと思えば次の瞬間屋根の木片などが落下して勢いよく叩きつけられた真っ赤な着物が見えた。
「な、なんだ!?」
「侵入者か!」
反射的に刀を構える。
「近藤さん、何か大きな音が聞こえやしたが何か……ってなんですかいこりゃ……まさかっ」
破壊音にひきよせられて沖田もその場に現れる。
攘夷浪士であれば今すぐここで叩き切るつもりだった。
だが、現れたのは攘夷浪士でもなんでもなく。
三人とも、驚きに口を閉じられない。
そこには長い艶やかな黒髪を地面に散らした少女がいた。
いったい、どこから落ちたというのだろうか。
一番最初にこの少女を見たときにその場にいた全員が必死に昔の記憶を思い出す。
叶わくばこの推測が間違いであることを願いながら。
「……楓、か?」
土方が呟く。