第3章 幼稚園編
「う、うるさ……」
もぞもぞと頭が動こく。
覗いたのは、髪と同色の、灰色の瞳。
「だれ?」
不思議そうに傾げられた首。
眠たげに細められた目が思っていたより可愛くて、心を撃ち抜かれそうになってしまった。危ない危ない。
「え、と……おもいんだけど」
訴えかけても動こうとしない彼の様子に、諦めて自分から身をよじって逃れようとする。
子供の身体では、もう一人分の体重を支えるのはいささかきついものがある。
(大人の身体だったら思う存分寝かせてやるんだけどな……)
漫画の彼と会えたことは嬉しいが、今回ばかりは大人の身体の方が良かった……。
「うごくな……!」
逃げようとする私に気づいたらしい。
乗っかっているだけだった腕が絡み付いて、さらに強く抱きしめる。
(うげ……っ、ギブギブ……!)
こんな小さな身体のどこにこんな力があるのか、危うく意識が飛びかける。
「こらっ、そんなに力を入れたらダメでしょう!」
「いや」
私の様子に気がついた先生が慌てて彼を引き離そうとするものの、断固として離れたがらない。
(仕方がないか……)
小さい子のわがままだ。それくらい我慢してやらなくてどうする。
本当はちょっと現状を考える時間が欲しかったんだがな……。
「そのままで、だいじょうぶです」
なかなか離れない彼に手を焼いていた先生は、私の言葉にホッとしたように息を吐いた。
子供に気を使われたらまずいと思うんだがな、先生よ。
「じゃあ、よろしくね」
これ幸い、と言わんばかりに立ち去る先生の背を見送りながら、灰色へと目線を向ける。
「君は?」
「はいざきしょうご」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
私が聞きたいことは、名前じゃないんだが。
「あんたは、なんて呼べばいい」
「あー、じゃあ乃亜で」
流れで自己紹介を済ませてしまった。
だから、私が聞きたいのはそういうことじゃないんだ!
「だから、私は君の目的を聞いているんだ」
私にくっついて眠るのが目的ではないだろうと問いかける。
子供の仮面がとれて、素に戻っていることにも気がつかないまま。
子供らしくない、いや何よりも子供らしいイタズラを浮かべた顔で、彼、祥吾は笑った。
「おもしろそうだから。あいて、しろよ」
それは、私が漫画で見ていた、"灰崎祥吾"そのものだった。