第9章 帝国の刺客
「うん、私はまだまだだけ」
「秋、タオルちょうだい」
花織の言葉を割り、入ってきたのは新入部員の土門だ。そして帝国学園のスパイでもある。花織の表情は自然と強張った。
「ああ、うん。はい、土門くん」
「さんきゅ」
秋はそんな花織には全く気が付かないようで笑いながら彼にタオルを差し出した。土門はそれを受け取ろうと秋の方へと歩み寄る。その時に秋の隣に立つ花織をちらりと盗み見た。思わず土門の動きが止まる。土門は目の前に立つ少女のことを思いだした。
「あ……」
今の今まで彼女が髪を切っていたために気が付かなかった。
この少女は確か『鬼道のお気に入り』だったはずだ。土門は思考を巡らす、寺門らとこっそりこの女と鬼道が話しているところを覗き見たことを覚えている。女の方はよそよそしかったが、楽しげであり、鬼道もいつになく柔らかい表情をしていたことを覚えている。加えて、鬼道がやたらに気に掛ける人物でもあったためにこの少女には『鬼道のお気に入り』という呼び名が帝国学園サッカー部の間では定着していたのだった。
ある日、急に姿が消えた彼女がこんなところにいたとは。
「どうしたの土門くん?」
秋が硬直したままの土門に不思議そうに首を傾げる。花織から目を離した土門は秋に笑いかけて彼女の手からタオルを受け取った。しかし、頭の中は月島花織のことで渦巻いていた。
『鬼道のお気に入り』……となれば、情報収集リストの月島花織の項目のみ、総帥の指示ではない。土門は花織に気づかれないよう彼女の表情を見る。
彼女はどこか土門のことを警戒しているふうだった。こちらの素性は割れているのだろう。彼女自身から何か情報をえることは難しそうだった。