第9章 帝国の刺客
ミーティング終了後、風丸はすぐさま壁際にいた花織の元へと歩み寄った。部室から部員たちが出て行くのに逆らい、風丸は花織へと声を掛ける。
「花織、何かあったのか?」
「一郎太くん……」
ミーティング中、彼女はどこか上の空だった。普段、花織はそんなことは無いのに。
対する花織は風丸の心配げな表情を見て、微苦笑を浮かべる。
言った方がいいのだろうか、土門が帝国側の人間であることをのこと。風丸がこのチームで頑張る以上、雷門の勝利に貢献すると決めた。それなのに、密偵が入っていると知りながら告発しないことは彼に対する裏切りにはならないだろうか。
しかし、それを遮るように鬼道の言葉が彼女の胸に蘇る。"黙っていてくれるな?"……花織は唇を噛んだ。無理だ、鬼道の命令に背くなど、花織にはできない。どうあっても鬼道の自分に対する印象を落としたくなかった。
「ううん、なんでもない……。ごめん、ちょっと体調悪いのかも」
「大丈夫なのか?」
そっと花織の額に手を当て風丸が体温を測る。風丸の手が触れた途端どきっと心臓が跳ね、花織の頬は火照った。
「熱は無いみたいだが……」
そんな風に見つめないで欲しい、風丸の瞳が射るように花織の目を見据える。
私の気持ちは一郎太くんに対して忠実でない……。それが苦しくてしょうがなかった。今すぐにでも彼に言ってしまいたい。自分を何よりも大切にしてくれる彼に。優柔不断で汚い私を好いてくれる一郎太くんに。一郎太くんから不利を遠ざけたくて仕方がないのに。
全ては諭すようなあの人の一言。それに付け加えられた行為が花織の口を噤ませ、言葉をもどかしい吐息へと変えさせた。ごめんね、一郎太くん……。
「心配しないで。ね、早く練習に行こう?」
自分のことを心配そうに見つめる風丸の手を花織ははぐらかす様に握る。
「ああ……。でも、辛くなったら言ってくれ」
優しく包み込むような風丸の微笑みが今の花織にはとても眩しいものに感じられた。