第1章 それはまさに
「やれやれ、宮坂の奴」
「ホントにしょうがないよな」
男子陸上部の部員たちが呆れ顔で休憩を取っている。風丸一郎太もその一人だった。先ほど風丸の言葉も聞かずに彼の後輩の宮坂は女子陸上部の方へかけて行ってしまった。
***
それは10分程度前の事だった。3年生の陸上部員が唐突にトラックを見つめて声をあげた。
「なああの子、速くないか?」
そんな言葉がストレッチをしていた風丸の耳にも飛び込んできた。花岡先輩の事だろうか、あの人は確か関東の大会でも名前が通じるような人だったはずだ。……そんなことを思いながらも興味から風丸は顔をあげた。
顔をあげた風丸の目に飛び込んできたのは、流れるような黒髪だった。はっと風丸が息を呑む。
「月島……?」
速い……、でもそれだけじゃない。フォームもなめらかで綺麗だ。その姿は一瞬で風丸の心を惹いて行った。
速い……。そこらの男子よりも、もしかすると俺よりも。
花織は優々と3年のエースを引き離し、ゴールラインを越えた。悶々とした気持ちが風丸の中に生まれる。興味があった、花織のスピードに。すべてを置き去りにして駆ける少女のスピードを自分も間近で実感したいと思った。
「風丸さあん!」
風丸が花織を見つめていると宮坂が風丸の名を呼んだ。宮坂了、風丸を慕う雷門中の一年生だ。セミロングの金髪を真っ直ぐに下ろしているから本人曰く女子と間違えられることは多いらしい。そんな彼が興奮した様子で風丸に声を掛けたのだった。
「宮坂、どうしたんだ?」
「あの人!ほら、あの黒髪の人ですよ!!あの人、足速くないですか?」
興奮しきった口調で宮坂が風丸に言う。風丸はその様子に落ち着け、と言いながらも今日話したばかりの転校生の名前を口にする。
「月島のことか?」
「月島?月島さんっていうんですね!じゃあ俺、ちょっと行ってきます!」
「あ、おい!宮坂!!」
名前を知るや否や、宮坂はさっさと花織に声を掛けに行ってしまった。風丸は宮坂を引き留めようと手を伸ばす、がそれをすり抜けて宮坂は女子陸上部の方へ駆けて行ってしまった。風丸は唖然とした後、呆れた様に微苦笑を漏らす。結局そうして、風丸は成り行きを見守ることに決めたのだった。