第8章 口付けに想い
今まで隠してきた名前を花織が呟いたことで風丸の中の先ほどの推測を確信に変えた。言葉を絞り出す様に紡ぐ花織は心底辛そうに目を伏せている。
風丸に対する罪悪感で胸が痛かった。しかしきっと風丸はもっと辛い筈だ。そう思えば花織の目には涙が浮かぶ。静かに顔をあげ、花織は困惑したままの風丸を見つめた。
「もうダメだよ、このままじゃ。……これからもきっと一郎太くんに嫌な想いをさせることになっちゃうから。一郎太くんが好きな気持ちに嘘はないけど、やっぱり別れた方がいいと思うの」
刹那、花織の身体は強く風丸に抱き寄せられた。風丸の長い髪が花織の頬を撫でる。花織の目は動揺に見開かれた。そんな花織の耳元に囁くように小さな声で風丸が花織の言葉に返事を返す。
「俺は、お前と別れたくない。それに花織のことを責めるつもりもない。お前が鬼道のことが好きだってこと、わかってて関係を結んだの、俺だからな」
「でも……」
「花織は、少しでも俺のこと好きでいてくれてるんだよな……?」
風丸は両手で花織の左右の二の腕を支え、花織の顔を覗き込んだ。花織は涙の浮かぶ目で風丸を見つめると静かに頷く。
「……狡いと思うけど、私は一郎太くんのことが好き」
「だったら、いいんだ。花織が俺のこと少しでも好いてくれてるなら、俺はこれでいい。前にも言ったが、少しずつ俺のこと見てくれればいいから」
「ありがとう……」
花織が少し微笑みを見せる。するとでも、と風丸が花織の腕を掴む力が強まった。ゆっくりと花織の顔に風丸の顔が近づく。
「すまないキス、してもいいか?」
「え?」
「どうしても、鬼道がお前にキスをしたことだけは許せない。花織が悪いわけじゃないが、その……妬けるんだ、物凄く」
彼の言葉を聞いて花織は了解するように目を瞑った。唇に柔らかいものが押し付けられるような感覚が、花織の中に温かい気持ちをあふれさせる。鬼道とは違う繊細な行為にまた涙が零れそうになった。
だが、それでも鬼道のものより良いと肯定することはできないのだった。