第4章 過去の面影
精一杯、絞り出した言葉は単純でストレートだった。花織が俯いて目を伏せる。沈黙を破ったのは鬼道の声だった。
「……だからなんだ?」
「え……っ!」
花織が驚いて顔をあげる。鬼道は笑っていた。それは微笑むではなく、嘲笑だと花織には見て取れた。鬼道は腕を組みながら花織の方に歪んだ微笑みで冷たい口調を投げかける。
「……好きだから恋人ごっこにでも付き合えとでもいうのか?」
予想だにしなかった言葉に花織は狼狽えた。
「べ、別にそんなつもりじゃ……っ、私はただ」
思わず声が震える、身体にさあっと冷たいものが駆け抜けた気がした。この帝国で誰より花織に優しくしてくれた鬼道がこんなことを言うなんて信じられなかった。
「だったらなんなんだ?片思いのヒロインでも気取っているのか。悪いが俺はお前などに興味はない」
「……っ」
“興味ない”その言葉はどの言葉よりも花織をどん底へと突き落とした。今までかけてくれていた優しい言葉は夢幻であったかのように思えてしまう。息ができないほど胸が痛む。自分の好きになった人はこんなに酷い人だったろうか。
「わかったら帰れ、練習の邪魔だ。俺はお前なんかより、サッカーの方が大事なんだ」
お前なんか、その時点で花織の手は大きく振り上げられていた。腰を使ってスナップを利かせ強く鬼道の頬に平手打ちを落とした。
「っ……!」
鬼道の気持ちが自分に向いていないことは仕方のないことだ。でも花織は鬼道を慕い、鬼道に振り向いてもらいたくて努力をしてきた。その努力どころか存在をサッカー以下だと想い人に否定されて平気でいられるほど、花織の軌道への気持ちは軽いものではなかった。
鬼道が赤くなった自分の頬に手を当てる。花織はハッと我に返ると自分が大変なことをしてしまった事に気が付いた。花織はくるりと鬼道に背を向けて、冷めた口調で言葉を呟く。
「……すみませんでした。大切な練習の邪魔をして」
そしてすぐさまそこを立ち去った。そこに平手打ちをした瞬間に落とした手帳と、切なげな鬼道の表情に気が付かないまま。