第4章 過去の面影
あの練習を見に行った日から、鬼道は花織に会うたびに挨拶を交わしてくれるようになった。鬼道に声を掛けられることで周りに白い目で見られようが、蔑まれようが花織は気にはしなかった。むしろまた、一瞬でもいいから花織は少しでも鬼道の目に留まりたくて、何もかもを一生懸命に取り組んだ。
ほとんど下位だった成績は徐々に上がり始めた。教師からの評判もクラスメイトの信頼も少しずつだが築くことができた。全ては鬼道に振り向いてもらいたいがため、花織は精一杯できることをやった。
中でも力を入れたのは陸上だった。鬼道が自分の速さを知っていてくれたのだ、だからもっと速くなりたい。誰にも負けないように、ずっと鬼道が自分の速さを覚えていてくれるように。以前は1人だからとあまり遅くまで部活をしていなかったが、練習時間を延ばし練習法も調べ、研究を重ねた。
恋人になりたいなんてそんな傲慢なことをいうつもりはない、ただ鬼道が声を掛けてくれる人間として相応しくなりたかった。そんな花織の努力を知ってか鬼道は挨拶だけでなく頻繁に声を掛けてくれるようになり、他のサッカー部員が不思議がるほどに鬼道は花織に一際特別に接した。
「月島、お前は努力家だな」
成績順位が一桁にようやく突入した1年の3学期学年末考査の結果発表時、鬼道はわざわざ花織の教室に来てそう微笑んだ。
「鬼道さん、ありがとうございます」
その言葉が嬉しくて仕方ない、花織が頬を赤く染めれば鬼道は優しく花織の頭を撫でた。
「月島、俺は……いや、なんでもない」
少し何かを言いかけて鬼道は口を噤む。花織はすこし疑問に思ったがただ単純に鬼道が褒めてくれた喜びを胸の中で噛み締めていた。しかしその日の夕方だった、花織の父の都合で転校が決まったのは。