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恋風

第16章 最後の悪あがき




鬼道は再び花織から視線を逸らすと話を続けた。

「義父は優しいが同時に厳しい人でもあった。鬼道家の人間として、何事においても俺がトップであり続けることを要求した。だから義父は頂点に立つことに拘りのある総帥を俺の教育係に置いた。そして俺も総帥を信頼していた」

鬼道がぎゅうと花織の手を握り締める。花織は振り払えなかった。

「あの人の言うことは俺にとって絶対的だった。俺のすべてを総帥は知り、俺を支配していたといっても過言ではないだろう。帝国に入ってからも同じだ。春奈を引き取るために俺はさらに総帥の強い管理下に置かれることになった。……あの頃は苦痛とも感じなかった。そうやって俺が俺であるかもわからない生活を続けていたときだ。

……俺はお前の走る姿を見かけた、綺麗だと瞬間的にそう思った」
「え……」

花織は鬼道の言葉に吃驚する。今までの自分の推測と、彼の実際の事象が全く異なっていたことに戸惑った。

「もう一年も前になる。……俺は入学してから幾日もせずに、トラックを走るお前を見かけた。長い黒髪を靡かせて美しく、だが力強く地面を蹴っていた。俺はお前に見惚れていた、今まで誰にも感じたことのない感情をお前に覚えた」
「……鬼道さん」
「俺はあの時からお前に惚れていたんだ、お前と対面する前からな。……お前と初めて話した時のことはよく覚えている。お前はボールを持って、長い髪を靡かせていた。俺がお前の名前を呼んだとき、笑ってくれたのが印象的だった」

花織はどっと自分の中でとても熱い激情のようなものがあふれ出すのを感じた。自分はあの日、自分の存在を知ってくれていた鬼道に好意を抱いた。それでも彼は自分の名前を知ってくれているだけだと思っていた。まさか、それ以上の感情をそれほど前から抱いてくれていたなんて。

「初めはお前を見ているだけで良かったはずだったんだ。だが欲が出てきた。挨拶をしたい、話しをしたい……何時しか俺はお前を手に入れたいと思うようになっていた。そしてお前もそれを望んでくれているのではないかと思うようになった。……錯覚でなければ俺の隣にいるお前はいつもよりも笑顔が多い気がした」
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