第16章 最後の悪あがき
「……花織、俺を見てくれ」
「っ……」
しかし、いつもとは違う悲しげで、自信のない口調は花織の心を酷く揺さぶった。受け入れてはいけない、彼を酷く苦しめることになるとわかっているのに。花織は拒絶することができなかった。
「……んんっ」
鬼道を視界に映そうと正面を向き直れば、間髪をいれることなく深い口づけを施された。
いつ、以来だろう。鬼道を受け入れ、口づけを交わすのは。風丸の想いを裏切るのは。
「はぁ……」
「好きだ」
酸素を取り込もうと薄く開かれた花織の唇を割って、鬼道の熱い舌が彼女の口腔へ滑り込む。本当に風丸とは似ても似つかない行為だ。こんなふうに荒々しく蹂躙するようなキスを施すのはきっと鬼道だけだ。
「ん……ぅ」
潤んだ瞳で膝を折った花織が壁にずるずると滑れば鬼道の足が花織を支える。ねっとりと舌を絡めたり、舌先を吸啜され、花織の意識は半ばふわふわとし始めていた。
「……はっ……きどー、さん」
「名前を呼べ」
低い命令口調で鬼道が囁く。花織はただただ言われるまでに鬼道の望む言葉を口にする。
「ゆ……うとさん」
「敬称を付けるな」
「ゆうと……」
「もっとだ、呼べ。花織」
拒むこともできずに花織は鬼道の名を呼ぶ。こうなることはきっと花織も、風丸もわかっていたはずだ。それなのに風丸はここへ花織を寄越し、花織も結局はそれに抗わなかった。
完全なる裏切り行為だ。恋人でもないのに鬼道の名を甘い声で名を呼ぶのは、風丸に対して酷く罪悪感を花織の中に生んだ。