第11章 ただひとつだけ
それからしばらく2人は他愛もない話をした。学校のこと、私生活のこと、世間話……。サッカーのこと、風丸の事には一切触れなかった。警戒でいっぱいだった花織の心は鬼道と話をしている内にいつの間にか解きほぐされたようだ。まるで帝国にいたころに戻ったかのように、余所余所しかった花織の口調もどこか親しげなものに変わっている。
「ふふ、そうでしたね。相変わらず鬼道さんらしいお考えだと思います」
「ああ、お前は本当によく覚えているな。……花織」
優しい声で鬼道が名を呼ぶ。しかし、先ほど話している時と違って再び真面目な声になって花織に囁く。
「お前と会ってきちんと話したいことがある」
「電話じゃ、ダメなんですか?」
「ああ、お前の顔を見て直接伝えたい」
真剣な声だった。花織は携帯を握り直す。手はじっとりと汗をかいていた。いったい何を彼は伝えたいのだろうか。
「サッカーのことでしょうか?……でしたら何も」
「いや、帝国もサッカーも関係ない、俺の気持ちの話だ」
「鬼道さんの、きもち……?」
益々わからない、でも知りたかった。ずっと知りたかったことなのだ。鬼道の気持ちならどんな小さなことでも。
「だから、お前に会いたいんだ。……2人きりで」
囁くような声に花織は今すぐにでも鬼道の元へ行きたいくらいの気持ちになった。しかし、それは制される花織のもう1人の想い人によって。
「鬼道さんあの、私……恋人がいて。彼と約束したんです。鬼道さんとは会わないようにするって」
鬼道は何も言わなかった。そして暫くの沈黙の後に鬼道はふっと笑い声を漏らした。
「ほう……。何故だ?」
困ったように花織が囁いた言葉を鬼道はさぞ面白いことを聞いたかのような口調で問う。
「ただ友人に会うのを、何故制する必要がある?」
核心をつく言葉だった。そして彼の望むのもその言葉だ。
「それは……っ」
「それは……?言わなければ分からないな」
くつくつと鬼道が笑いながら言う。本当はきっとわかっているのだ、花織がどうしてこの選択をしたのかなど。花織は苦しくなって息を吐く。真実を話す事しかできなかった。