第11章 ただひとつだけ
メイド服を身に纏った花織たちがグラウンドに姿を現すと歓声と共に秋葉の選手たちに取り囲まれた。さまざまなオタク用語を掛けられ、写真を取られる。春奈と秋はノリノリだったが夏未は始終放心していた。最初はされるがままにされていた花織だが、彼らが夏未に夢中になっている間にそっと人ごみの中を抜け出した。人垣の端で一つ彼女は深呼吸をし、心を決める。そしてそっと想い人の元へと歩み寄った。
風丸が花織が傍に来たことに気が付いたのは、彼女が彼の隣で立ち止まった時だった。辺りの喧騒にあきれ返っていたのだ。音もなく歩み寄った花織を視界に捕え、彼の目は大きく見開かれる。何か言いたげに微かに唇が動いたが、音にはならなかった。
そして彼の耳から喧騒さえもを遠ざけたのは、花織が小さく呟いた一言だった。
「い、いかがですか……?ご主人様」
刹那、彼ら2人の傍にいた雷門の2年生が一斉に花織を振り返り、耳を疑った。普段なら花織が絶対に口にすることのない言葉だ。熱でもあるのではないかと彼女と仲の良い人間は瞬時に思った。
「ご主人様……一郎太様?」
決して冗談っぽくなく、確認するように花織が風丸の名前を呼ぶ。その表情は恥ずかしげに頬が染まっており、上目づかいで風丸を見上げている。風丸は何の返答も返さない。花織は不安になって俯く。しばらく沈黙が続いたがそれを見かねたマックスが花織の肩を突いた。
「あのさあ……花織。風丸、完全に固まってるみたいだけど」
マックスが苦く笑う。
「いや、それにしても大胆だね、花織。半田、風丸を……って半田も固まってるし」
見てみれば半田も染岡も顔を赤くして固まっているようだ。傍にいる豪炎寺は悪戯っぽい目で花織を見つめている。花織は微苦笑を漏らすと風丸の肩に触れた。
「いち、ろうたくん?」
「花織……っ」
小さな声で彼の名を呼べばはっと彼は我に返ったようだ。見る見るうちに風丸の顔が耳元まで真っ赤に染まってゆく。すぐさま彼は花織の手を掴むと無言でチームメイトに背を向けて走り出した。
「……わっ、いちろ」
花織はただただ、彼についてゆくしかなかった。