第26章 風邪っぴき
「オメーすっかり顔色良くなったなあ。」
「ほんと?」
「おう。これなら明日部活出られそうだな。」
私の家までの道で虹村さんにおぶられながら話している。
虹村さんは部活も自主練もして疲れているはずなのに、それを見せず私と機嫌よく話してくれている。
それが嬉しかった。
「今日は母ちゃん帰ってくるか?」
「...どうかなぁ。」
「帰ってくるといいな。」
「うん。」
お母さんの話題が出ても穏やかに対応出来た。
私もこの時間を楽しんでいるようで、きっとそのせいだろう。
虹村さんも質問はするが、私の答えに対して深く突っ込んでこないところが良い。
「オメーさっき保健室で何か言ってただろ。あれ、どういう意味だったんだ?」
「....。」
その問いには答えたくなくて無言で居た。
その状態を続けていたら突然虹村さんの足が止まる。
「柏木?どうした?」
「別に、どうもしないよ。」
「俺には言えないか?」
「...ううん。時間が、このまんま止まっちゃえばいいのになって。」
「なんで?」
「今が幸せすぎるのがいけないの。」
止まっていた虹村さんの足が動き始める。
そして真剣味を帯びた声で私の名前を呼ぶ。
「柏木。」
「なに?」
「俺たちはどんなにこの先どんなにつらいことがあっても前に進まなきゃいけねぇんだ。ちょっとぐらい立ち止まって休憩するのはアリだ。でもな、いつまでも止まってたり後ろを振り返ってばっかだと成長できない。人間はそういうもんだ。」
いきなり何を言い出すかと思えば...説教?
あはは、おかしいな。みんな同じこと言うんだから。
立ち止まってもいい。ゆっくりでいいから前に進もうって。
さとりんもみさきなでしこも。
きっとそれが人間なのだろう。前に進まない人間は、社会から見捨てられる。
私はそれをよく知っているはずだった。ずっと見ていたんだから。
前に進めなくなった一人の人間の生き様を。