第29章 『再・分解』 4
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「僕の父さん。返してくれない?」
そうビーネの冷たい言葉が聞こえた瞬間には、息が詰まるほどの冷気がこの部屋を覆った。
本当にそれは一瞬の事で、女の人の悲鳴とでも表現したらいいのだろうか。
キャァアアアアア!という酷く耳障りな高音が壁中を伝い、凍らせた。
「あんぎゃっ!」
がしゃーん!という氷の割れる音とともに、エンヴィーが横っ跳びして行くのが見えた。
きゃらきゃらきゃらと氷の落ちる音が消え、白い靄の向こうでエンヴィーが立ちあがったのが見えた。
「てめぇ…。」
ビーネは!と思い、先ほどヒューズ中佐がいたところを見てみると、車いすをエンヴィーから隠すようにその場にビーネが立っていた。
表情は読めない。
でも、心の底から怒っているのだけは感じる。
エンヴィーはズムムと自身の身体を本来の大きな物へ変えて、ビーネと中佐を襲う。
前に、大佐が『何かを庇うとか殺さないようにとか、彼らはそんな訓練を受けていない。殺すことを徹底的に教育されてる』そう言っていた事を思いだす。
目の前のビーネは、中佐を抱き抱えながらエンヴィーの攻撃を避けている。
「ビーネ!」
「だめだ!今は手を出すな鋼の。巻き込まれる。」
大佐や中尉までもが固唾を飲んでじりじりと彼らから離れていく。
確かに、今彼らの闘いに手を出せば巻き込まれそうだ。
「ハニーの事だ。機会を窺っているはずだ。」
「くそっ…。」
中佐は今、ビーネの作った氷塊の中で厳重に守られている。簡単に壊れそうもない。
ぱん!ぱん!と手を合わせる音と激しい錬成音。
がりがりという氷の擦れる音や、がしゃんと壊れる音。大佐ほどではないが、酸素と水素を操り、小さな爆発までも操っている。
錬金術というものはこんなにも湧きでる水ような物であっただろうか。
「鋼の。しっかりと見ておけ。これが伝説の錬金術師、ジプシーの力だ。」
太古より錬金術を生業としてきた、俺たち錬金術師の師ともいえる存在。
目の前の一瞬で錬成される水や氷は、まるで意志を持っているかのように動き、ビーネを助け、敵を襲う。