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夕焼けの色、歓びの種。【西谷夕】

第2章 おとなりの男の子


 「あ!セミ!」
 夕の興味は早くも他のものに移り、幹にとまっているセミに手を伸ばしている。かなり上のほうにいるので、素手では届きそうもないが。
 「バッタとかセミだとか、虫好きだねぇ」
 「おう!みなみは嫌いかよ」
 「あんまり好きじゃないなぁ。動くし、飛ぶし、こわいもん。」
 「そうか!女にはわかんねえんだな!」
 子供のくせに小難しいことを、相変わらずの大声で言い放ちながら、何とかセミを捕まえようと、傍のガードレールによじ登りはじめている。
 「夕、危ないからだめ、おりて!」
 はっとしたみなみが言い終わるより早く、案の定夕はバランスを崩す。
 慌てて抱き止めようと駆け寄るが、みなみも大人ではない。小学生の小さな体では支えきれず、二人は揃って地面に崩れた。
 「夕!だいじょうぶ!?」
 ぎゃー!と泣き出す夕を抱き起こし、慌ててケガがないか確認する。幸いどこも傷めてはいないようだったが、夕の大きな目からはぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。こういうところは、やはり年相応に子供なのだ。
 「ビックリしたね、もうだいじょうぶだよ。どこもいたくない?」
 まだべそをかいている夕に視線を合わせるように屈み込み、服についた汚れを払ってやりながら、なだめるように柔らかい髪を撫でる。
 「かえろっか、ね、ゆう?」
 すべすべとした小さな手がみなみの手に滑り込んできた辺りで、ようやく夕の涙は止まったようだった。

 いつもどおり、歩いているうち夕の機嫌はけろっと戻ったが、先程と違っておとなしくみなみと手を繋いで歩いてくれた。
 さっきのべそかきが嘘のように、どこで拾ったのか木の枝を振り回し、なにやら楽し気に歌っている夕の顔をそっと見やり、ほっとしたような、笑いをこらえるような、何とも言えない表情がみなみに浮かぶ。

 みなみは、別段目立つところもない、ごく普通の、ただの子供である。
 学校へ行っても、特に大人びているわけでもないし、むしろ一人っ子のみなみには、甘えん坊、というレッテルが貼られることが多かった。
 けれども夕といると、夕が勝手に騒いだり、暴れたり、ぶつけたり壊したり泣いたり笑ったりと大忙しなので、みなみの方は驚くほど大人になれた。

 かわいくて手のかかる、大好きなおとなりのおとこのこ。
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