第2章 おとなりの男の子
走り去る子供たちを見送ってほっと息をついたところで、みなみの母が笑いながら玄関を出てくる。
「夕くんは、相変わらず元気いっぱいね。」
「ごめんね、いつもみなみちゃんに子守させちゃって…」
「いいのいいの、夏休みだし、お友達もおうちが遠い子ばかりで。」
おかしそうに笑いながら、その場に投げ捨てられたままのじょうろを拾う。
「それに、みなみは夕くんが大好きなのよ。一人っ子だからね、弟みたいに思ってるんじゃないかしら。」
「みなみちゃんはしっかりしてるから、つい任せちゃうわ。今、三年生だっけ?」
「それがなんともう四年生。なんだかあっという間だわー」
友人同士の母親たちは、そのまま話に花を咲かせ始める。
八月の空はどこまでも高く青い色をして、まだまだ元気な蝉の声が、やかましく町を包んでいた。
「待ってたら、夕。そんな急がなくても、バッタは逃げないよ。」
「何ゆってんだ、みなみ!バッタは逃げるだろ!」
それもそうだ、と納得して駆け足で夕について行く。
まだ四歳にもならないと言うのに、油断すると追いつけないほどすばしっこく走る夕。やっと追いついて手を繋いだ頃には、夕の足は止まり、あたりをキョロキョロと見まわしている。
やっぱりと言うべきか、件のバッタはどこかへ行ってしまっていた。当たり前である。
バッタどっかいっちゃったな~と言いながらもニカッと笑う、夕のほっぺたをちょんとつつく。子供のほっぺたは、自分のほっぺたより、なんだかふにふにしていて柔らかい。夕はくすぐったそうに目を細めた。
みなみは、夕が可愛くて可愛くて仕方がなかった。きょうだいのいない彼女のところに、お隣に生まれてきてくれた夕。
弟のように、と母は言ったけれど、みなみには弟がどんなものか分からない。
ただ、彼女は誰よりも夕を可愛く思い、あの秋晴れの日に心に沸き上がった思いは褪せることなくみなみの胸に息づいていた。そしてまた、夕もみなみに誰よりもなついているように、彼女の目には見えるのだった。