第14章 変わったような、変わらぬような
「波平様には磯影としての責務があります」
「彼もあの男を始末するに吝かでないと思いますがね。あんな調子の人ですから真意は掴めませんが、よく今まであの電柱を野放しにしていたものですよ。人に甲斐もないなどと言っている場合じゃないでしょう。腹立たしい」
「干柿さん、波平様に会ったんですか?」
牡蠣殻が訝しげに鬼鮫を見やる。鬼鮫は首を振った。
「イタチさんが会ったようですよ。今回私たちが出張ったのは彼直々の依頼に依るのですから」
「・・・・波平様直々・・・つまり?」
「荒浜海士仁を生け捕りして磯に渡します」
鬼鮫は目をすがめて牡蠣殻の様子を見た。だらしなく椅子にかけた牡蠣殻は考え込むように一点を見詰めてぼんやりしている。
「生け捕り?今更何の為に?」
「あなたこそ今更そんな事を気にしてどうするんです。忘れちゃいませんか?あなたはもう磯の民ではないんですよ」
「干柿さんは気になりませんか?海士仁は破門の件から韜晦し、磯から消えました。身内にすら何の連絡もなく、事実上里を抜けたも同然の状況だったのです。時折波平様や長老連のところに顔を出してはいたらしいのですが、思えばもうそこからして妙だ。この上散開してから改めて動き出した海士仁も、それを連れ戻したがる波平様も、まるできな臭くはありませんか?」
「また浮輪さんの悪い癖ですか。過保護の放任というヤツですね。遁走した相手に会って何をしようっていうんです」
自分で言った事に引っ掛かって、鬼鮫は口を噤んだ。牡蠣殻が後を続ける。
「利得がなければしないでしょう」
「そもそも姉夫婦や自分の補佐に恨みを呑んだ人間を安易に身近に寄せるような人ですかね、彼は?」
「・・・本当に波平様は海士仁を連れ戻したいのでしょうか。波平様も海士仁が何を思って自分に接しているか知っている筈です。二心ある本草と医学のエキスパートを危険を承知で囲い込むような真似をなさる波平様ではありません。まして利得で動くとは思い難い。何かが介入している気がしてなりません」
「私は磯の内部事情に明るくはありませんからねえ」
「・・・今磯はどうなっているんでしょう?」
呟いて目を閉じた牡蠣殻に、鬼鮫は立ち上がった。
「疲れましたか」
牡蠣殻がパチと目を開いて傍らに立つ鬼鮫を見上げた。