第12章 荒浜海士仁
未だかつてこうも連続して出血した事はないし、こうも疲れた状況で失せねばならない事態が出来した事もなかった。
"馬鹿すぎる。何もかも甘く見過ぎていた。この怖気の走る程下らないクソ甘さ"
フと干柿鬼鮫の皮肉げな顔が頭に浮かんだ。
「・・・アッタマ来ますねえ・・・・・」
苦笑して呟くと、牡蠣殻は空手触りしかない首元に手をあてて静かにしゃがみこんだ。
また目眩がする。
両手を地面につけて体を支えながら、牡蠣殻は顔を歪めた。
"・・・海士仁が出た。あれの頭の中は五年前のまま"
同門の友であった海士仁を苦々しく思い返しながら、牡蠣殻はまた苦笑する。
"この私の無力さ。道具呼ばわりも宜なるかだ。情けなくて涙も出ない・・・いや、それでいい。そんな場合じゃない"
海士仁は異端だ。磯には失せる術を用いて人を傷付ける技など、そもそも概念からしてない。海士仁はそれを至極自然にしてのける。
牡蠣殻は地に着いた両の手を見下ろして思案した。
"・・・・私にもあれが出来るでしょうか・・・"
失せる術を用いて立ち回る事など考えた事もなかったが、牡蠣殻には他に出来る事がない。
「・・・やり方がわからない。大体何だ、鎌鼬みたような真似をしてあの馬鹿・・・・に、叶わない私のもっと馬鹿が・・・・」
失せるときに生じる空気の動きを利用しているのは解る。解るが、解らない。
"だってアイツ、失せないでやってんじゃん。失せるときに出るモンを失せないで出すなんて無理じゃん。訳わかんねえじゃん。・・・・いいですねえ、このじゃんじゃん言うの・・・。気が紛れるじゃん"
フッと失笑して、牡蠣殻は顔を上げた。あの三人組の姿はない。いつの間にか移動したようだ。
「・・・・諦めてくれるといいんですけどね」
三人が三人とも良いコだった。今は木の葉に行っている場合ではないし、牡蠣殻に拘りあっていては三人に類が及ばぬとも限らない。素直に諦めて里に戻って欲しかった。
"あたら若い忍びがあのオタク眼鏡や変態鎌鼬にいたぶられるとこなんて見たかないですからね"
カブトと海士仁を思い浮かべて、牡蠣殻は首を振った。
"・・・まさかあのコたちはあの陰湿な根とかいう組織に関わってないですよね?木の葉というからには可能性がなくもないでしょうが・・・"