第8章 道具としての、牡蠣殻という者
「フン?二つでいいのか?」
「そうは申されても尋ねた事にお答え下さるとは限りませんでしょう?欲はかかぬ事にします」
「成る程の。満更バカじゃなさそうだの」
チヨバアはにやにやして牡蠣殻をまた眺め回した。
不躾な視線に顔をしかめながら、牡蠣殻は湯呑みを置く。
「先ずは一つ、先程の問いにお答え下されば、もう一つは呑み込みましょう。あまり話されたくないようにお見受けしますから」
「その一つも話したくないと言ったら?」
チヨバアが人の悪い顔で言うのに、牡蠣殻は考え込んだ。
「待つしかありますまいね。貴女が話される気になるか、状況が変わって訳が知れて来るか、私が回復して動けるようになるか」
「気が長いの」
「さあ、存外早く動くやも知れませんよ。何事も起こってみるまでは事もなし、先は誰にも知れませんからね」
ここで牡蠣殻は初めて笑った。
「余裕が出て来たようじゃの。確かに存外早く事が動くかも知れんな」
チヨバアは牡蠣殻が置いた空の湯呑みに白湯を注ぎ、自分はお茶の入った湯呑みを手にまた枕辺の椅子へ腰掛けた。
「何せお前は逃げ巧者じゃからな。回復してしまえば深水らを連れて失せるのも容易かろう」
「・・・・・・」
牡蠣殻は黙って湯呑みを掌で包んだ。漠然とした顔をしている。
お茶を啜りながらチヨバアはじっと牡蠣殻を見た。
牡蠣殻の口許に苦笑が浮かんだ。
「・・・事によってはそういう流れも有りうるでしょうね」
「馬鹿正直に認めんでもよかろうに、間抜けじゃな、浮輪の補佐は」
「ええ、仰る通り無能な補佐でしたよ、私は」
「そうか?なら浮輪も無能なんじゃろ。手下の者を見れば上の者も自ずと見えてくる。磯の散開も宜ならんかなというところじゃな」
「・・・そうですか。ならば極めて有能な補佐でしたと言っておきましょう」
「ぎゃはははは、面白いな、お前!」
「おほ?」
弾けるようなチヨバアの笑い声に、エビゾウがビクッと反射して目を覚ました。
「おお?何じゃ、賑やかじゃの?」
「驚かしたか?すまんな。心臓は止まらんかったか?年寄りは驚きすぎるとスイッチが切れるでな。気を付けにゃならん・・・」
「姉者もな。年寄りは笑いすぎるてもむせてスイッチが切れるでの。気を付けにゃならん」
「ぎゃはははは、こりゃ参ったの!」