第8章 道具としての、牡蠣殻という者
ガクン、と衝撃が来た。ガタガタッと医療具がぶつかり合い、そのうちの幾つかが床に落ちて割れ、転がる。
「ン?地震か?」
牡蠣殻の枕辺でうたた寝していたチヨバアが顔を上げた。
フと視線を感じて顧みると、牡蠣殻が目を開いてこちらを見ている。
「チヨ様。一つお聞きしたいしたい事があります」
いつから気が付いていたのか、少なくとも今目覚めたのではないと思われる落ち着いた低い声で、牡蠣殻は静かに言った。
チヨバアは顔をしかめて口角を下げる。
「何じゃ、気づいとったんなら起こさんか。人の寝顔をジロジロ見とったのか?趣味が悪いぞ」
言いながら、傍らの卓から水差しを持ち上げて湯呑みに水を注ぐ。
「あとな、チヨ様は止せ。痒い」
チヨバアが差し出した湯呑みを体を起こしながら受け取った牡蠣殻は、目を細めた。
「角都さんにはそう呼べと思し召していらしたので・・・ではどうお呼びすればよろしいでしょうか」
チヨバアはつくづくと牡蠣殻を眺め回して呆れ顔をした。
「なんつう堅苦しい話し方をするんじゃ、お前は。普通に話せ、普通に」
「・・・はあ・・・」
牡蠣殻は困った顔で曖昧に頷いて、黙り込んだ。
「・・・・・牡蠣殻といったか。お前、巧くないヤツじゃな」
目を細めて牡蠣殻の様子を見やったチヨバアは、やれやれとこれも卓の上にあった急須を手に立ち上がった。
「・・・・・は?巧くない・・・?」
不意をつかれた格好で、牡蠣殻は急須片手にコンロの側に移動したチヨバアを目で追った。
チヨバアのいた枕辺の逆向かいでは、エビゾウがうたた寝している。
深水と杏可也の姿は見えない。
窓が全くないせいで時間感覚が掴めない部屋は静かだ。エビゾウの小さな寝息とチヨバアがお茶を入れる音だけがする。
「まあいいわ。どうとでも呼んで何とでも話せ」
さらさらとお茶の葉を急須に入れながら、チヨバアは肩をすくめた。
「でなきゃ反ってやり辛いんじゃろ?お前、面倒そうな匂いがするわ」
「・・・面倒そう?」
「気にするな。気にしたってわかりゃせん。聞きたい事はどうした?」
チヨバアに促されて牡蠣殻は一呼吸置いた。
「何の為に先生と杏可也さんを囲っておられるのですか」
「何じゃ、自分の事は聞かんのか?」
「では二つ聞いていいですかと言い直しましょうか」