第23章 大ハード
言葉足らずと自信過剰の危うさ故に、確かに海士仁には医師として資質を問われることが度々あった。
しかし、そこに悪意や害意はなかった。
手術の際、人の尻から無断で皮膚を剥いだのは、火傷を負った顔に移植するため。
背中の痛みで外科治療を施していた患者に勝手な手術をしたかと思えば、膵臓から腫瘍が摘出される。
品川萩でつくった殺鼠剤を血栓、塞栓症の患者に呑ませたときには驚くべき効果が上がった。
牡蠣殻の血に血清作用がある事に気付いたのも、彼女の血を自らに輸血した海士仁だ。
そんな海士仁が仲の良かった牡蠣殻を意味もなく襲う事など、考えられなかった。
牡蠣殻を襲う理由など、微塵も見当たらない。
「何故牡蠣殻だった?お前がずっと恋い慕っていたのは牡蠣殻ではないだろう」
背後から小さく身動ぎする気配がした。
「ハ、何と何と」
海士仁は意外そうに目を瞬き、笑った。
「存外朴念仁ではない」
黒い瞳が底光りし、麝香と茉莉花が強く匂う。
深水は大きく息を吸って低く構えた。
逆に海士仁はスイと背を伸ばして懐手した。寛いだ様子で深水を見下ろす。
「では深水師。貴方は俺と杏可也の事を知った上で、アレと添うた訳だな」
「海士仁、いけない・・・」
杏可也の上げた弱々しい声に深水の胸が痛んだ。
「杏可也と腹の子は俺のものだ。磯辺も磯辺の血も。俺のものは皆返して貰う」
「いかぬ。今言ったものは一つとして今のお前には能わぬものだ。己が所業を鑑みよ海士仁」
深水から一気に大量のチャクラが噴き出した。重量感のある質感の強いチャクラがその量と勢いで海士仁を押しやる。
思いがけぬ師のチャクラに、目を張った海士仁が懐手のままよろめいた。
「・・・・むッ」
すかさず深水は更に深く身を屈め、懐から鮫肌にも似た数多の牙を備えた四本のクナイをグンと放った。
クナイは過たず真っ直ぐに海士仁の首元目掛けて空を切る。
「海士仁ッ!」
杏可也の声が魂消った。
辛うじて身を捻った海士仁の首の薄皮が、それでもクナイに噛まれ破れて血を噴いた。
「ハ」
首の傷を押さえて海士仁が凄いような顔で笑った。足元に転がるクナイを機敏に拾い様横へ転げ、再び襲ってきた深水のクナイを弾き落とす。
「磯辺の血か」
クナイの赤黒い牙を見、海士仁は唾棄した。