第23章 大ハード
「磯師ながら巧者、頭も切れます。これで先生の薫陶を賜れば、きっと一角の者になって波平を助ける力になりでしょう」
入門はしたものの腰が落ち着かず、座して学ぶより体を鍛える事を選んで門下を去った汐田藻裾と入れ違いに、杏可也が連れて来たのが藻裾の親族である荒浜海士仁だった。
藻裾の父の年離れた弟という海士仁は、叔父というより従兄弟。
藻裾はいうまでもなく、牡蠣殻とも長い付き合い、いわゆる筒井筒の間柄だという。
「この海士仁の巧者ぶりには波平も驚くと思うわ。それに少々変わった事をしますの、海士仁は。巧者ともなると力の使い方も多彩になりますわね、先生」
砂から出戻ったばかりの杏可也は波平を助けて里の財政を預かる傍ら、深水のところに頻繁に出入りして後進の教育に努めていた。
杏可也に促されて礼をとった海士仁は穏やかに笑っていた。
その笑顔が長く細い海士仁の整った異相を好ましく見せた。
才長けて熱心な海士仁はすぐに深水の気に入りの弟子になった。
賢しさと着眼点のユニークさゆえにスタンドプレーが目につく事もあったが、呑み込みが早く、何事も厭わず励む海士仁は当然ながらメキメキと頭角を現す。
一方万事マイペースで学力にもムラのある牡蠣殻はその当時、厳格で気難しい深水を敬遠していた節があり、巧みに彼を避けていた。
たまに見かけると大概が学業に関わりのない書物を読み耽っており、深水に気付く様子も見せないという不孝者振り。
しかしこの二人、意外に仲がよい。
他の弟子へは興味を持たぬ海士仁が、牡蠣殻にちょっかいを出して怒らせるのをよく見かけた。
二人が深水の元に揃ってから、在舎中は寄り付きもしなかった藻裾と、何故か波平までもがよく顔を出すようになり、深水舎は賑やかだった。
そこに杏可也も加わると、深水の胸の内は増して温かく華やぐ。
出来る海士仁と出来ぬ牡蠣殻。二人は様々な点に置いて深水の気を奪う弟子だった。
懐かしい。
海士仁と杏可也の間に立ちはだかりながら、深水は我知らず微笑んでいた。
一体何処で間違ってしまったのか。
海士仁の手から荒い風が飛ぶ。
掌を押し出すようにしてそれを散らすだけで、深水のこめかみに汗が伝った。
それを認めた海士仁が、薄い口を顔に入った切れ目のように見せる笑みを浮かべた。
「老いたな」