第21章 磯影
「お前の言う事はわからんでもない、が、今が今、ワシらにゃ何とも出来ん。来るならもっと早くに来んか、バカタレ」
むっつりと顔をしかめたチヨバアが、立ち上がってお湯を取りに行った。
エビゾウは新しい湯呑みの口を反して急須に茶葉を入れ、チヨバアの後を接いで話す。
「我愛羅には今度の事で木の葉に干渉する気がない。要するに関わるつもりはないんじゃな。昨夜、深水や牡蠣殻も交えて話したときには、どうも動きそうにない様子だったの」
ユラユラ注ぎ口からゆるい湯気を吐き出す鉄瓶を手に、チヨバアが卓に戻った。
五徳の上に鉄瓶を置き、眉根を寄せて波平を見る。
「て、事はだ。牡蠣殻を砂に迎え入れて木の葉ーいや、ダンゾウを牽制する手は使えん訳じゃ。いかなワシらとて我愛羅を差し置いて面倒事を公然と飼い込むこたァ出来ん。更に杏可也に関してもな。我愛羅は昔からアレに拘っとる節がある。裁かれるのがわかって身重の杏可也を出してやるか、ワシにゃ正直読みきれんわ」
急須から上がる湯気の陰に隠れたチヨバアに、波平はフと笑った。
「間が悪い?」
「昨日来とりゃまた話が違ったろうよ。せめてあの荒浜とかいうのが現れる前ならの」
「・・・・成る程。間が悪いな」
呟いて波平はチヨバアの入れたお茶を一礼して啜った。
「で、こう話していられるという事は、取り合えず大事なかったと、そう思っていいのでしょうね?」
「杏可也は伏せっとるし、牡蠣殻は弾かれたとか何とかで姿が見えなくなったわ。大事ないといえば大事なかろ?」
「姉の具合は?」
「大したこっちゃない。何せ孕み腹じゃ、それでなくとも体調は崩れ易い。深水がついとる事だし、心配ない」
「磯辺は・・・」
「ありゃ砂の何処かにおる。暁のモンと連んどるそうじゃな?まあこれも本人が後で顔を見せに来ると言っとったらしいから、その通りならここに現れるだろうよ」
「・・・・暁と。そうですか」
目を細めた波平はまた底の見えない表情を浮かべ、トンと湯呑みを卓に戻した。
「さて、では私は我愛羅殿に面通しと参りますか。思うより風影はしっかりした信認の基で責務を果たしているようだ。年経た先達に肩を担がれるとは羨ましい事。見習わねばなりますまい」
「フ。長老連の尻に敷かれていると専らの噂だが、本当らしいな」
「私は好きなのですよ、あの年寄り達が」