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連れ立って歩く 其のニ 砂編 ー干柿鬼鮫ー

第21章 磯影


「深水の罪罰の事は知らんが、牡蠣殻についちゃ、杏可也同様磯を抜けとる。お前が左右できる身の上じゃなかろうよ」

またチヨバアが呆れ声を出す。

「案外勝手な事を抜かしよるな、浮輪」

「あれは今何者でもない。砂で引き取ってはくれますまいか」

不思議に優しげな表情を浮かべた波平に、チヨバアは妙な顔をした。

「えらく個人的な様子だな。それで磯影として図れと?ふん?いいのか、浮輪」

「ヤケのヤンパチってヤツかいの」

「私は正直になる事にしたのです。錨は自ら下ろさねばね。遅きに失した感無きにしも非ずですが、茫洋とやり過ごすよりはまだしも救いがある」

卓の資料から手を離して、波平は隠居二人の方へスッと押し出した。

「単刀直入に言って、今の私には好きな女一人守り通す胆力もない。里を担うだけで一杯なのです。情けない話ではありますが、如何ともし難いのが現状。ーと、言って、彼女から手を離すつもりもない」

「お前牡蠣殻を好いとるのか?」

エビゾウの問いに波平は笑った。

「そうですよ?私はアレを好いています。初めて会ったときからアレばかり見て来ました。誰が何と言おうが、磯辺は私の可愛い女なのです」

「女に目を眩ませて木の葉を差し置くつもりか。面倒な事になるぞ」

チヨバアの懸念に波平は薄く笑った。

「女に目を眩ませる。よもやこの私がそんな評価を戴く事になろうとはね。面白い。しかし先に差し置かれたのは磯ですよ。牡蠣殻は根に追われている。如何に里を抜けた牡蠣殻とは言え、事情を知らぬでもない木の葉なのに何の報せもないとは同盟の意義を疑いたくもなりましょう。と、言って木の葉を蔑ろにしようと言うのではない。木の葉に受けた恩は並大抵ではない事くらい、私にもわかりますよ。しかしそれとこれとは別の話。複数の同盟を持つのは至極在り来たりな事の筈」

波平は眼鏡を外して、懐の手拭いでレンズを拭いた。

「友達付き合いをしようという訳ではないのは互いに承知の事でしょう。渉外には清濁併せ呑んでの利害というものがあるようで、私も散開して漸く思い知りましたよ、斯様な形がある事を」

「磯影の世間知らず」

「ごもっとも。しかしだからと言って磯は何の役にも立たぬ小里だとへりくだるつもりはありません。我が里は無能の集まりでは決してない。相応の利得はありましょう。如何か」


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