第21章 磯影
「さてそれは私には決めかねるところですね。お付き合い頂いて御隠居自ら思われた私が"ここ"での私になりましょうから、指し出口で売り込むのは控えましょう」
卓の急須に視線を振り分け、波平はやんわりとチヨバアの口撃を躱した。
エビゾウが白眉をピクリと上げて波平の顔を覗き込む。
「ふん?我愛羅の頭越しにワシらと付き合いたいと、そういう事かの?」
「如何様にも。御隠居が左様に思し召しなら私に否やはありませんよ」
毒にも薬にもならぬような顔をして、波平は飄々と事も無げに言う。
エビゾウはチヨバアのしかめ面をチラリと見やり、肩をすくめた。
「食えんヤツじゃの。まあ牡蠣殻の頭にしちゃ出来物かの?」
「牡蠣殻を引き比べるのはお止め下さい。私は私、牡蠣殻は牡蠣殻。いかなしがらみに依ってアレがここに辿り着いたのか、今の私には知りようがありませぬが、それはまた別の話。先ずは単刀直入に一つ目」
眼鏡のツルに指をかけて、波平はチヨバアとエビゾウを見比べた。
「姉を磯に返して頂きたい」
「返すも何もありゃせんわ」
チヨバアが顔をしかめた。
「杏可也は深水ともども磯を放逐されたんじゃろ?お前がアレを干渉する筋合いはないわ」
「些か不都合がありましてね。姉に事情を聞かねばなりません」
「・・・・不都合?」
「まあ、内輪の話です。磯の如き小里の揉め事で御隠居のお耳汚しをする事もありますまい」
「内輪揉めで収まる程度の話でわざわざお前が出張るのか」
「内輪で済ませたいからこそ出張ったのですよ。そもそもフットワークが軽いのが小里の利点でしてね。私が出張ったからと言って、特別驚かれるような事はありません。砂の風影と磯の影は違うのです。磯の影は専ら雑用係みたようなものですから」
括淡とした読めない顔で言うと、波平はチヨバアとエビゾウをじっと見た。
「・・・・と言って、大した事ではないと謀るつもりはありません。姉は磯に於いて裁かれる可能性があります」
「・・・・長老連か?」
「あれも下手をすれば、解体の憂き目をみるでしょう。年寄りの集まりゆえ放逐は気の毒ではありますが、疑いが的を射ていればそれも免れますまいね」
僅かに苦さの滲む様子で波平は視線を遊ばせた。
「・・・窓のない室・・・姉も斯様な場所に?」
「何せわしらのテリトリーは地下じゃでな」