第20章 出会い頭
牡蠣殻の、いやに落ち着いた声。
「退がって下さい。私に触れてはいけませんよ」
傍らに立つその顔を見ると、いつもと様子が違う。細められた目の中で、心持ち黒目が膨らんでいるように見える。
「退がらせても変わりない」
懐手で編笠の庇を持ち上げ、海士仁が笑った。
砂漠の陽射しは早強さを増して、容赦ない照り返しが視界を歪める。
眩しさに目を細めた海士仁がフウと息を吐いた。
「煩わしい」
辺りを睥睨して眉根を寄せ、牡蠣殻に視線を戻す。
「来い。それを始末されたくなかろう?」
「始末?そう簡単じゃありませんよ、この人は」
牡蠣殻は海士仁に険しい顔を向けてチラと鬼鮫を見やった。
「何でも思い通りに行くもんじゃありません。だからお前は馬鹿だと言われる」
「来い。殺さずにすむ」
「おや、殊勝げな事を言う。たまには自分の心配をしたらどうです?慮外な事は大概が起きるまで気付かないもの。足元をすくわれますよ。殊に馬鹿が自惚れているときなどはね」
「お前に何が出来る」
海士仁の笑みが興を含んで膨らんだ。
「・・・見た通りの人ですねえ。鼻持ちならない」
脇腹の傷を顧みるでもなく、鬼鮫が鮫肌に手をかけた。
「この人に何が出来るか出来ないか、私も知りませんがねえ」
ぐんと愛刀を抜き放ち、口角を上げる。
「私を見くびって貰っちゃ困ります。・・・私もあなたに用がない訳じゃないですしね」
「ない」
「ない?」
眉を上げた鬼鮫に牡蠣殻が説明した。
「海士仁は貴方に用がないと、そういう事です」
気遣わしげに鬼鮫の傷に目を走らせ、口を引き結ぶ。
「・・・私も今という今は貴方に用はない。失せて貰います」
「牡蠣殻さん」
牡蠣殻を見下ろして鬼鮫は呆れ顔をした。
「あなたこそそうそう思い通りに行くと思わない方がいいですよ?私はあなたの言った通り、簡単じゃありませんからねえ・・・。失礼」
鮫肌の柄を返して目にも留まらぬ速さで牡蠣殻の鳩尾を打った。
「・・カッ・・バ・・・バカ・・・ッ、干が・・・・」
「・・・・馬鹿とは何ですか、馬鹿とは・・・・・」
崩折れた牡蠣殻を受け止め、下へ寝かせながら鬼鮫は顔をしかめる。
「何か仕出かしそうな顔したでしょう。大人しくしてなさい、ややこしくなるから」
「・・・・お前、何だ?」