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連れ立って歩く 其のニ 砂編 ー干柿鬼鮫ー

第16章 右隣


何故かはわからない。けれど、フッと口角が上がる。牡蠣殻がそこにいるという事が、不思議な気がした。胸が広がって呼吸がし易くなったような、腹がぎゅっと縮まってやるせないような、奇妙な感覚。

良い人間でも悪い人間でもない。美しくも賢くも強くもない。頼もしくもなければ儚くもなく、凛としている訳ではない上に可愛いげもない。あまつさえ、時折情緒面が欠落しているのではないかと思わせたり、唐突に勝手な真似をし、人に心配をかけて懲りる事がない。ないない尽くしでどうしようもない。

"・・・・本当の事とは言え、ちょっと気の毒になってきましたね・・・それにしても、改めて何なんですかねえ、この女・・・"

美点と言う観念から見れば、他に優れた人間は山のようにいる。なのに鬼鮫は、何故か良いも悪いもこの口の減らない地味な女に心を動かされてしまう。

鬼鮫は腕を組み、牡蠣殻のつくる掛布の丸みをじっと見続けた。そうすれば納得のいく答えが出るかのように。

不意に掛布の下から傷だらけの小さな手が出た。
鬼鮫の見守る前で、手は呼ぶようにパタパタと敷布を叩く。

鬼鮫は片方の眉を上げて、腕組みを解いた。腕を伸ばしてその手に触れると、指先が握りしめられる。

「・・・・・」

鬼鮫は僅かに身を退いたが、眉を更に上げて牡蠣殻の手を解き、我からその手を握り直した。握り返してくる薄く乾いた手が温かい。

「・・・牡蠣殻さん?」

「思い出したッ!」

突然掛布が跳ね上がり、牡蠣殻がガバッと身を起こした。

繋いだ手を指差して、
「これ、これ!こうだった!確かに命の恩人でした!ヤバいですよ、まともにお礼も言わずに恩知らずな・・・・」
大いに焦った様子で告げる。

「・・・・あなたが恩知らずなのは今始まった事じゃないような気がしますがね。一体何の話です」

顔をしかめて鬼鮫が問うが、牡蠣殻の耳には入っているのかいないのか。

「いや、口で言われてもピンと来ないけど、思い出すと実感しますね!改めてお礼を言って謝らないといけません。ホントに馬鹿だな、私は!」

なおも言い募る牡蠣殻に、鬼鮫は溜め息を吐く。

「・・・・・それも今始まった事じゃないでしょう?」

「カンクロウさんですよ!三途の川から呼び戻して下さったんです!そう、これこれ!」

再び繋いだ手を指差した牡蠣殻に、鬼鮫は瞠目した。
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