第16章 右隣
「つまり指輪を持っていたあの砂のガキと、仲良く手を繋いだ話をしていると、そういう訳ですね?」
鬼鮫は繋いでいない方の手で拳をつくって大きく振りかぶりながら、穏やかに聞いた。
思い出した事に気をとられている牡蠣殻は、鬼鮫の物騒なアクションにまるで気付かない。
「てっきり干柿さんかと思っちゃったんですよ・・・・」
「私と間違えた?」
「そうなんで・・・・」
ガツン。
「・・・おっと・・・」
強烈な一発が叩き込まれ、牡蠣殻は頭からシュウと煙を、出してはいないが出しかねない様子で一言もなくパタリと寝台に倒れ伏した。
鬼鮫は自らの拳と静かになった牡蠣殻を見比べて肩をすくめた。
「一度本気で殴ろうと思ったら、途中で止めるのは難しいものですねえ・・・成る程・・・」
険しい表情で沈している牡蠣殻の顔と、繋いだままの手を見比べて、今度は苦笑する。
「ここまで殴る事もなかったですかね・・・まあ、仕方ありません。殴ってしまったものはどうしようもない。フ」
眼鏡を外してやると、牡蠣殻はますます険しい顔になって寝返りを打った。頭が痛いのか、くぅと小さく唸っている。
鬼鮫は噴きそうになるのを堪えて、握りしめた小さな手を大きく長い親指で撫でた。傷で荒れてガサガサした感触が指の腹を震わせる。
「・・・仕様もない人だ」
このまま、うなされながら立てている寝息の根を止めてもいいし、乾いて温かな手を握ったまま何もしないでいてもいい。
鬼鮫は足を組んで、じっくり腰を落ち着けた。繋いだ手を寝台に置いたまま、また牡蠣殻を眺める。牡蠣殻が再び唸って、鬼鮫は笑いを堪えた。・・・この反応は少々酷いと言えなくもないが、文句を言いたいだろう牡蠣殻は目を覚ます気配もない。
長い夜が、ゆっくりと更けていく。