第16章 右隣
「何だかんだ言ってもは余計でしょう。何で素直に礼だけ言えないんですかねえ・・・いいですよ。あなたが寝てから行きます。横になって口も休めなさい」
「・・・口も休める?」
「聞き流しなさい。何ですか、独り寝が心細いなら添い寝して差し上げますよ?そうして欲しいんですか?二度と覚めない深い眠りをプレゼントしますよ」
「物騒なプレゼントですねえ・・・大体貴方と添い寝じゃ窮屈そうだ。遠慮しときますよ」
「添い寝は窮屈なくらいがいいんじゃないですかね」
「ははは。何言ってんだか」
「フ」
鬼鮫は口角を上げて牡蠣殻を引っ叩いた。
「・・・・何ですか、今度は」
「何となく叩きたくなるんですよ、あなたという人は。サソリの気持ちもわかります」
「似た者同士なんでしょうね。傍らに人無きが若し・・・」
「もう一発食らいたいんですか。朝まで目が覚めない程度のを?」
「いやいや、実に貴方らしい親切ですが、これ以上お手を煩わせる訳にはいきません。慎んでご辞退申し上げます。イタチさんが待ってますよ」
牡蠣殻は欠伸しかけた口を押さえて立ち上がった。心持ち顔色が良くなっている。風呂に入ったせいか、食事をしたせいか。脆弱ではあるが、回復力は高いようだ。訳のわからないしぶとさが牡蠣殻らしい。鬼鮫は内心苦笑した。
「イタチさんは心配要りませんよ、あなたと違って」
「そりゃそうだ。イタチさんに較べたら大概の人は心配ですよ。彼は大変な相方に揉まれて苦労し通しのせいか、相当に人間が出来てますからね」
「・・・・本当に口の減らない・・・」
鬼鮫は溜め息を吐いて牡蠣殻を寝台の方へ押しやった。
「いいから寝なさい」
寝台の掛布をめくって牡蠣殻をドンと突き飛ばし、寝台に倒れ込んだ上から掛布をバサッとかけてやる。
「・・・これは・・・親切?いや、不親切?」
半身起こしてずれた眼鏡を直しながら牡蠣殻が訝った。
「不親切?不親切に見えますか?何なら私が本気で繰り出す不親切を食らってみます?」
イライラと眉を跳ね上げて鬼鮫は牡蠣殻を睨み付けた。気を使っているのか茶化しているのか、判然としない。
「見えません。すいません。お休みなさい」
牡蠣殻はサッと掛布に包まって体を丸めた。
「はいはい。とっとと寝なさい」
寝台脇の椅子に腰掛け、鬼鮫は掛布の丸みを眺めた。