第1章 離反ものがたり
「…なんで…」
「……え…?」
手当てが終わると、蚊の鳴くような声で君主さまがポツリと呟く。
「何で…、出てったり…、したのよ…」
「…君主、さま…?」
「何で出てくのよ…。何で……、あたしを置いてくのよ…」
やっと視線を合わせた君主さまは、一生懸命睨んでいたけど、でも、大きな瞳を潤ませて俺を見ていた。
「あ…、いや、その…」
まさか、こんな反応されるだなんて思ってもみなかった。
ただ、俺はあんたに追い付いて並べるくらい、強くなりたくて。
そして、外交の矢面に立ち、国を統べるあんたを、それに伴ういろんなしがらみから、あんたを癒し、守りたかったんだ。
あんたの、支えになりたかったんだ。
「…あたし…、凌統がいなくなって…、寂しかったんだから…」
「………ッ、刹那…」
我慢しきれず涙を零した彼女を隠すように、俺は目の前の彼女を抱き締めた。
出会ったころのように、名前を呼んで。
「……ごめん、俺が悪かった…」
「あたしが、嫌だった…?この国を嫌いになった…?…あたしがこんなだから…、守りたくなくなった…?」
「…違う、全然違う…」
涙を流しながら必死に言葉を紡ぐ刹那を胸に押し付けるように彼女を抱く腕に力を入れた。
自分勝手に離れたことで、こんなにも刹那を傷付けていただなんて。
くらくらと眩暈のように頭が揺れた。
ああ、俺は、何て事をしてしまったんだろう。
どうしたらいい?どうしたら彼女に伝わる?
「じゃあ…、どうして…?あたしに悪いとこあるなら言ってよ…、ちゃんと直すから…だから、…」
置いていったりしないで。
俺の腕の中、掠れた声で刹那は言う。
小さな身体を震わせて涙を零す刹那は、国主でも、戦人でもなく、ただの女の子だった。
ひとりで総てを抱えられるはずもない。
誰かが守ってやらきゃならない、年相応の小さな女の子だ。
俺が、それを一番分かっていたはずなのに。