第1章 離反ものがたり
「刹那…、俺は…、あんたを守りたかった。あんたを支えたいと、頼りにされたいと思った。その為には強くならなきゃって思ったんだ」
嗚咽を漏らしながら、刹那は一度だけゆっくり頷いた。
「だから、ここを出た」
「……」
「でも、それは間違いだったって今気付いた。何があっても傍に居るべきだった。ごめんな、たくさん泣いただろ?」
「…泣いて、なんかない…ッ!」
「……説得力ないっつうの」
「うるさい…ばかッ!」
明らかに今泣いてるのに、さっきの言い方じゃ今までだって泣いたはずなのに、そう虚勢を張る刹那を、可愛いと思う。
心から、愛おしいと、思う。
「はいはい、すいませんね」
軽口を叩きながら、利き手を薄紅色の頭に移して、ゆっくりと撫でた。
「ばか…ッ!…今度出てったら…、次は許さないんだから…!」
「…肝に命じておくよ」
ああ、もう。
涙目で睨み上げられても全然怖くない。
むしろ可愛い過ぎるっつうの。
どうしてくれんの、本当にさ。
もう、止める自信なんてないからな。
「刹那…」
思いっきり、低く甘く囁いた。
頭を撫でる手を頬に移して、ゆっくりと顔を近付けていく。
細めた目の先には、赤くなった刹那の顔。
嫌がる様子はない。まぁ、嫌がったって止めてなんかやらないけど。
こつん、額がぶつかったところで、俺の頭に衝撃が走った。
ゴッ!!
「いってェ…!!」
「り、凌統?!」
鈍い音の後、ガシャン!と激しい音を起てて地面に落ちたそれ。
消毒液を入れている瓶だ。
ちらりと飛んできた方向に目をやれば、驚いた表情の甘寧。そして、陸遜が真っ黒い笑顔で佇んでいた。
「ああ、すいません。手が滑りました」
そして、しれっと言い切る。
「手が、滑った…?」
「ええ。手が、滑りました」
怪訝に眉を寄せて聞き返したのに、陸遜は笑みを崩さずに言い返した。