第1章 離反ものがたり
「お待たせしました」
「ありがとう」
両手に消毒液やらサラシやらを抱えて戻ってきた陸遜からそれらを受け取り、君主さまはやっと俺たちを見た。
「まずは甘寧、ここに座りなさい」
「お、おう…」
近くにあった長椅子を寄せて、甘寧を座らせると、君主さまは手に持った布…ではなくて甘寧の頭に消毒液をぶち撒けた。
「いッ…!!痛ェ!!」
「んー?そう、痛いの」
相当染みるらしく、甘寧は喚いていたが、君主さまはそれに構う事なく、微笑みながら、手に持っていた布でグリグリと傷口を拭う。
「いだだだ!!痛ェよ!!」
「黙れ。黙って座ってろ。二度と口を利けないようにしてやってもいいんだぞ」
「………」
笑いながら眼光鋭く睨みを効かせた君主さまに、甘寧は押し黙った。
仕方ない。あれは仕方ない。
笑ってるけど、目が笑ってないんだぜ?
そりゃ言うこと聞いちゃうぜ。マジで。
「陸遜、サラシ巻いてあげて。ギッチギチに」
「はい!」
だから、りっくんは何でそんなに嬉しそうなのさ?
「次、凌統、座りなさい」
「……はい……」
…しばらく見ない間に…、なんて言うか…、恐ろしさが増した気がするんですが…。
そんな彼女に逆らえる筈もなく、俺は大人しく長椅子に腰掛けた。
途端に頭のてっぺんから消毒液が降ってきた。甘寧にしたのと同じようにされたらしい。
「痛…!!」
「痛いー?そりゃ痛いよねぇー」
またも甘寧にしたのと同じように、グリグリと布で俺の傷を拭っていく。
痛さに思わず目を閉じていると、君主さまの手が頬に触れた。
「顔背けないでよ」
「え…」
「拭きにくいじゃない」
あ、そっちですか。
ちょっとドキッとしちゃったじゃん。
「……」
「……」
また目を瞑るわけにもいかず、黙ったまま、俺は俺の頬の傷を拭う君主さまを見ていた。
君主さまは、手当ての間、俺と目を合わそうとしなかった。