第5章 【今吉】カカオとルージュと
『うーん…種類が多すぎて、何がいいのかさっぱりわからないや』
ひとえに色付きリップと言っても、最近はたくさん売られていて、どれも良さそうで決められない。
『ひとまず近くをまわって…それからもう1回考えよう』
そう思って、私は1度リップコーナーを離れた。
…すると、リップコーナーの隣、口紅が売られているところに入っていく見慣れたシルエットが1つ。
(嘘…今吉、先輩?)
間違えるはずもない。今吉先輩だ。
口紅なんて男の人には必要ない上に、売り場に入るのも抵抗があるはずなのに…今吉先輩はそんな様子なく、いくつか物色し始めた。
手には同じショッピングモール内にあるスーパーのレジ袋。中身は…どうやらチョコレートのようだ。うっすらと【カカオ100%】という文字が見える。
今吉先輩はお菓子…ましてやチョコレートなんて、ほとんど食べない人だ。それに口紅だって、まさか自分で使うものではないだろう。
(誰かへの、プレゼント?)
そう考えて、ハッとした。
もしそうなら、これは…好きな人への贈り物、なんてこともありえるんじゃないだろうか。
今吉先輩に彼女がいないことは知っているから、先輩の片想いってやつかもしれない。
口紅とカカオ分の多いチョコレートが似合う人っていうことは、大人っぽい人なんだろうか。
口紅を選び終えたらしい先輩は、それをレジに持っていった。
先輩が店を出たのを確認してから、私は今まで先輩がいたところへ行き…先輩が買っていった口紅を1つ、手に取った。
赤とピンクが混じり合った、目が覚めるような色。
覚悟を決めて、私はそれをレジに持っていった。