第2章 鬼ヶ里
「ハァッ…ハァッ…」
目が覚めたのは全身で感じた違和感からだった。
神無の上にかけられた布団は本来、神無を包み込むはずだった。だが、今は押さえつけるように覆い被っている。
そして耳につく不規則な息の音。
「………っ…!」
寝ていた神無の上に押し倒したような状態でいたのはこの部屋の主、保険医だった。
荒い呼吸を繰り返し、神無の髪に手を触れ、味わうように匂いを嗅いだ。
「ハァ…ハァ、朝霧、ッ……」
一瞬にして背筋が凍りついた。
心の拠り所であった保険医がさっきとは人が変わったように神無に覆い被っている。
優しかった目はまるで飢えた野獣のように見開かれ、神無を捕らえている。
「いやっ……!」
怖かった。
ただ、ひたすら怖かった。
「やめて……!」
なんとか布団から這い出ようと必死にもがいて抵抗する。
だが相手は一回りも違う大人の男。
かなうはずもなかった。
「なぁッ…朝霧…!俺は優しかったか!?この日が来るのをずっと待ち望んでいたんだッ…」
この日を…ずっと…?
「お前が保健室に来るようになってずっと我慢していた…。ずっと抑えて…、信頼されて、お前が油断したときに襲いかかる…クックック、滑稽なもんだ…」
全部…嘘だったんだ―――
私に優しくしたのは、全部、全部このためだったんだ――――
もう、誰も信じない――――
全部が敵、なんだ――――
男の筋肉質な腕に噛み千切るような勢いで噛みつくとうめき声をあげ、一瞬怯んだのを見て自分の身体にくるまっていた布団から抜け出した。
「おい!」
後ろからあの男の声がする。もっと、速く、速く―――