第2章 鬼ヶ里
「おっと、いたいた」
足元をとられないように気をつけていた神無は後ろに近づいている人影に気づいていなかった。
突然の事で、体が硬直し、咄嗟に声を出せない。
「どこ行ったって無駄だぜ?誰の刻印が刻まれているんだ?」
神無にかけられた声に恐る恐る振り返る。
そこに居たのは気味の悪い笑みを浮かべた、男子生徒だった。制服をだらしなく着崩し、ただでさえ、ゆるい校則を無視した4人組が神無を囲むように立っている。
「あ?なんだ、妹のほうじゃん」
妹…?まさか、葉月を狙ってたの?
神無の頭に葉月の顔が浮かび上がる。
「まあいいか、この女もなかなかだぜ?」
ニヒルな笑みで神無を見つめる。その目に背筋が凍ったように感じた。
一歩一歩、確実に神無に近づく。息を荒くさせ、瞳孔は開ききっている。
神無も同じように反対に一歩づつ、後ろへ後退する。神無が脅えている姿も彼らの興奮を誘うようだ。
―――い、いや…!
―――来ないで…っ!
期待とは裏腹に、誰かが助けに来る気配はなかった。
それどころか時間が経つにつれて、じりじりと追い詰められ、背中に冷たい壁が触れた。夏なのに、真冬のような冷たさのその壁は、神無の全身の体温を吸収するように奪って行く。そして、右手、左手、足の先の順で感覚がなくなっていった。
「来ないで―――!」
この世に神なんていない―――
神なんて―――
男の手が胸元に伸びる。
数時間前にもこんなことがあった。早朝に光晴が迎えに来たときだ。
玄関で、初めて会った時、同じように手を伸ばされた。
だが、今は違う。
あのとき、はじめは怖かった。
危害は加えない。
光晴のその言葉に心の奥に安心感が芽生えた。
この人なら大丈夫。
そう思えた。
伸ばされた手が神無の胸元に当てられる。
そのまま、力強く制服を掴み、力任せに引き下ろした。
「やっ―――!」