第3章 笑って蓋をする
「…来ないし!」
約束のお昼休み。
俺は待ち合わせの自販機の前で、仁王立ちして待っていた。すでに10分以上が経過しているにも関わらず、目当ての人物は一向に現れる気配がない。
苛々しつつ、購買で購入した牛乳パンをかじる。その時だった。
「あ、及川さん」
「!…なまえちゃん、遅かったね」
「ごめんなさい、忘れてました」
わ、
忘れてた、だって…!
もしこれが漫画なら、俺の頭の上にはガーンというありきたりな効果音が入っていただろう。ショック。かなりショッキングだ。ふいに現れた彼女は、全く悪びれずに紙パックのジュースを飲みながら歩いてきた。ちょっとは申し訳なさそうにしろ。今朝にしたばかりの俺との約束を忘れるなんて、嘘だろ。嘘だといってくれ。
「あの、なまえさん」
「なんでしょう」
「俺たち、付き合ってるんですよね…」
「付き合ってます」
「確かに俺のこと、まだ好きじゃないかもしれない!でも付き合ってくれたなら、努力してよ!」
ずたずたにされた俺のプライドが悲鳴をあげた。
こんな格好悪いことを初日に叫ぶとは思わなかった。でも、だって、難しすぎるんだよこの子は!
「努力」という言葉になまえはきょとんとした表情を見せた。俺は牛乳パンを握りしめ、力説を続けた。
「俺だって、好きじゃない子と付き合ったことあるけど、ちゃんとその子と恋人になる努力をしたよ!告白を受けたなら、しっかり俺と向き合ってよ!」
成り行きを知っている岩ちゃんに聞かれたら殴られそうな、いかにも誠実な男みたいなことを言ってしまった。けれどなまえには響いてくれたようで、小さく「なるほど」と呟いた。
「それは、すいませんでした。私、付き合うの初めてなので。その通りだと思います」
「…いいよ、もう。ごはん食べよう」
「あ、もう食後です」
「……。」
「明日は、一緒に食べましょう」
なまえが、小首を傾げて言った。
別に拗ねてなんかないさ。このタイミングで、どうして俺の告白を受けたのか聞いてしまっても良かったのかもしれない。でも、なんだかやっぱりどうでもいいような気がしてしまった。
むしろ知りたく、ないような。