第8章 夜にとける
「ほんとに来たんですか」
あれから5年は経った。もう飛雄はとなりにいない。
春とはいえ夜はまだ肌寒い中、寝巻きにしているTシャツだけでは風邪をひきそうで、慌ててカーディガンを羽織った。
「今からそっちに行くから」という一言で切られた通話から15分後、有言実行を成し遂げた男が玄関前に立っていた。
「はぁ、俺んちと案外近かったんだね」
「ばかじゃないですか。もう寝るって言ったのに」
「だってさ、」
及川徹。
中学のときの部活の先輩。同じ高校にいることは知っていたが、バレー部に所属しない自分とはもう関わることもないだろうと思っていた。まさか、この人と男女交際をするはめになるとは。
自転車で急いできたのか、及川さんは顔が赤い。シャツで汗をぬぐいながら、私のことを責めるような目で見てきた。
「お前のせいだよ」
「意味わかりません。帰ったらどうです」
「せっかく来たのに!?」
はー、と息をついた彼は薄暗い道の真ん中でうずくまった。人通りはもうない。玄関前で騒ぐのもアレなので、私はそいつを引っ張ってとなりの公園にはいった。
「それで、何の用ですか」
「…なまえちゃんっていつもそれ言うけど、用がないとだめなわけ」
「用もないのに夜中にここまで来ないでしょう」
「まぁそうか」