第6章 この気持ちを噛みころす
この数週間で、彼女について知ったこと。
夜は12時には絶対就寝すること。最近メールの顔文字を習得したこと。電話のときはすこし声が高くなること。お昼は自分でつくったお弁当をもってきていること。でも料理は得意ではなく、味音痴だということ。中庭の自販機に売っているジュースがお気に入りだということ。勉強は中の上。古典が苦手だということ。
エトセトラ、エトセトラ。
中学で部活が同じだったといっても、ふたりで話したことなんかなかった。おまけにこうやって付き合うことになるなんて、お互い夢にも思ってなかっただろう。
毎日ひとつずつ、彼女について知ってることが増えていく。俺たちはお互いに慣れて、なんとか上手くやっていけてるような気がする。そんな中で俺は、一番聞きたいことをまだ聞けずにいた。
「先に言っときますけど…私、下手くそですよ」
「あーいかにも苦手そう。でもだいじょぶ、だいじょぶ」
お昼のあと。バレーボールを借りて、遊ぶことにした。俺が少し足を痛めたせいで近ごろ満足な練習ができてない。おかげでボールに触りたくなったのだ。なまえが文句もいわず付き合ってくれるのは意外だったけれど。ブレザーを脱いで、中庭の隅っこでふたり距離をとる。春の控えめな太陽がとても心地よかった。
「って、ほんとに下手くそ!」
「だから言ったじゃないですか!だから言ったじゃないですか!」
なまえが放ったボールが初っ端からあらぬ方向に飛んでいく。しかしここはセッターの腕の見せどころ。いや、セッターはあんまり関係ないけど。ぎりぎり拾って、なまえに返した。「おお」と彼女は感嘆の声をもらした。
「及川さん、うまいですね」
「ふふん、誰にいってんの?青城の主将だからね、俺」
「キャースゴーイ」
「棒読み!!…なまえちゃんはさぁ、もうマネはやんないの?」
「前もいいましたけど、別にやる気はないです」
なまえの下手くそパスをさばきながら、俺は「ふうん」とそっけなく返した。わかっている。どうせ中学のときは飛雄がいたから入ったんだろう。特別バレーが好きというわけでもなさそうだったし。
「好きですよ」
「!?…え、」