第1章 1
しかし実渕には獲物を狩る野生のものにしか見えずに知らず背筋を伸ばした。
「よろしく頼むよ、なまえ」
とんでもない人材が我が校にやってきたと、眺めていた一同が息を飲む様に気付かず花のように笑うのはみょうじ一人だけだった。無邪気な笑顔と裏を隠した笑顔が交差する間に立っていた実渕は、やっぱり上手く付き合えないかもしれないと考えを改めることになった。
無冠の五将のみでは一人足りないと赤司が目をつけたのは最高学年に属する黛千尋だった。何故、と疑問を抱く先輩を上手く誘導してレギュラーに引き込んだのは勿論赤司だ。彼がいなければ意固地な黛が頷くことは万に一つもなかっただろう。彼が皆と比べて能力に劣るのは分かっていたし、本人も頷く前から自覚していたこと。しかし実際に練習を共にすれば見下され罵倒される毎日である、苛々と負の感情が募り時折爆発しそうになるのも無理はなかった。それでも彼が耐え抜けたのは最後のチャンスであるという望みを捨て切れなかったから、という理由が一番大きい。第三学年の黛は今の誘いを断れば高校生活の中で成果を上げられずに終わりを迎えるだけだった。強豪に身を置く一選手として、試合に出たい欲は充分にある。よって赤司に耳を傾けレギュラー入りを果たした彼を快く歓迎し励ましたのはマネージャーのみょうじだけだ。彼女がいるだけで空気が華やぎ心が落ち着く。それは黛だけではないようで、他の面々も同じ事であった。素直に落ち着くだの好きだのと声に出すのは葉山一人であったが、緩んだ表情が如実に感情を表していると皆気付いている。知っていて声にしないのは気恥かしさが邪魔をしているだけで、葉山に同意を求められれば異を唱える者はいない。ありがとう、と返ってくるのが常であり皆笑顔で答えるのだが、礼を述べる一言に込められた想いは人によって異なると気付いたのは赤司だけかもしれない。みょうじがほんの少しだけ嬉しそうに頬を染めるのは相手が実渕の時のみ見られる姿だと、知ったのはいつ頃で、何故そんな些細な変化に気付いたのか、本人は分かりはしない。