第1章 1
赤司もそれだけ彼女を見ているからこそ知れることだとは、今まで一度として恋愛を経験したことのない彼は察することが出来なかった。彼女が実渕に笑いかける度に黒く蠢くこの感情に身を任せてしまいそうになる己は、まだまだ未熟であると背を向ける方法でしか自身を沈める方法を知り得ない赤司が感情に気付くのはまだ先の話。
幕を開けた新生洛山高校バスケ部は、連勝を逃し残念ながらウィンターカップにて誠凛高校に敗れることとなった。しかしこれが切っ掛けで赤司は元の人格を取り戻し、使用する一人称も僕から俺へと様変わりして周囲を驚かせたが、よりらしくなったと実渕が笑う。元より凄まじかった威圧感が増したが同時に柔らかくなったと皆が感じたものだった。それによって団結したメンバーは以前にも増して強くなったと実感している。
多重人格の疑いがあった赤司は、これまでの記憶を共有していたため途中で人格が変わろうと困った事態にはならなかった。冬前に一学年にも関わらず任命された生徒会の仕事をこなしながら部活の主将としての仕事を難なくこなしていく赤司は羨望の眼差しを受け、久しぶりに表に出てきたためかとても懐かしいものに感じ目を細める。これが自分で生きていく世界なのだと改めて認めた彼は内に籠っている最中に己と折り合いをつけているため心を乱すことはなかったが、現実をまざまざと突き付けられた気がした。高校を卒業する頃には父親の仕事を学び始めることになるだろう。短い学生時代を謳歌しなければ後に後悔すると脳裏に浮かべたのは桜に似たマネージャーの笑顔。人格が入れ換わった今も彼女から得る力は大きく絶大な効果を表していて赤司の癒しとなっている。みょうじを前にすると明らかに目尻を下げる赤司の胸の内に気付いたレギュラーメンバーは密かに二人を見守っていたが、皆が知っていて赤司は知らない事実があるように、赤司が知っていて皆が知らない感情がある。みょうじが想いを抱く相手を誰も知らないまま月日が流れた。実渕にタオルを渡す瞬間、頭を撫でられて喜色を表す彼女の頬はほんのりと朱に染まり見るからに嬉しそうだというのに何故皆気付かないのか、赤司には疑問だ。彼の観察眼の成せる技、というわけではなく皆が鈍いだけだろう。