第1章 1
「僕もお驚きましたよ、こんなところに人がいるとは」
声は穏和。人好きする音を意識する。まだ育ち切っていない赤司は未だ声変わりを迎えていないため声は若々しく少年のそれだ。男としては早くに凹凸のある喉を所望するが立場としては困ることはなかった。赤司は自分の容姿と、そこから人が得る印象というものを正しく理解している。礼儀正しく、佇まいの美しい、容姿も劣ることなく頭脳も群を抜いている言わば優等生そのもの。品行方正、頭脳明晰、容姿端麗。これが周囲が抱く赤司の評価であった。どれこれも上辺のものと信じて伺わない印象に薄ら笑むばかりだが、イメージがいいのならそれに越したことはなく寧ろ好都合。評された赤司像はどれもお家柄というやつだ、保つのは小さな頃から常であるため特に苦ではない。出来上がった自分を崩すことなく対応する今の赤司は幼少時に肉体を持ち得なかったものの忘れることなく焼き付いているので実行は容易かった。なにせ、自分が生まれた瞬間なのだ、馴染みもあるというものだろう。
「私は偶然見つけてね、すっごい綺麗だよねぇ。君も偶然見つけた仲間かな?」
春の柔らかな日差しに似た笑顔に、君の方が、と生じた返しを飲み込んで質問にだけ答えるようにする。幻想的な空間に呑まれているだけだと強く自身を取り持つ赤司は、まだまだ精神が未熟なようだと内心溜息を吐いた。今は会話中だ、実際に吐き出すわけにはいかないだろう。心の内を誤魔化すように浮かべた笑みをおかしくならない程度に深める。
「仲間、と言えば仲間でしょうね。用があったのは体育館だったのですが桜につられて、つい」
十中八九同年代だと当たりをつけておきながら敬語を使うのは本人に確認を取ったわけではないからだ。何事も確証を得てからでないと実行には移さない赤司は慎重に事を運ぶ。初対面だからまずは敬語で、と言えば印象は上がるばかりであると経験上知ってのことだった。
「体育館?もしかして、君、バスケ部?」
ごく自然に目的を仄めかせば食らいついてきた彼女に、えぇ、と短く答える赤司の胸中など気付きもしない女生徒は途端に目を輝かせて、あれだけ飽くことなく眺めていた桜から一転、向き直った赤い少年を瞳に納めた。成果は上々、と笑う赤司には今の答えで充分だ。