第1章 1
さて、そこに満開の桜があると分かりはしたが花を眺めたまま動かずひたすらに愛でる彼女は何者なのか。身に包んだ制服から洛山高校の生徒であると見て取れるものの何故この場にいるのか問わねばなるまい。在校生であれば先輩に当たる、今後関わるのかは置いておいて礼儀として軽く挨拶でもしなければとは単に印象の都合上であり本当に礼を欠いてはならないと思っているわけではない赤司は、正式に生徒となったその後の快適さを求めてのことだった。彼にとって人情など気に留めるものではなく勝利するための利用価値でしか必要性を見出せない。見たところ纏った制服は真新しい物であるため自分と同じ新入生だと判断出来るが、誰であろうと良好な関係を築いて損はないと、パイプ繋ぎを計った赤司が薄く開いた口を動かす前に、あれ、と声が上がり指先をたった一度だけ震わせた。もし仮に、桜が喋ったのだとしたらこんな感じの声だろうか、とはなんとも幻想的で現実主義者な自分には似合わない。なんとも稚拙な、と思いながらも止まない感想は、淡い色がそのまま音になったかのような、柔和な声は春に相応しく朗らかだ。
「やだなぁ、人がいるなんて思ってなかった。間抜けな顔見せちゃった、恥ずかしい」
風で乱れた髪を整えようと桜から目を逸らした彼女がこちらに気付いたらしい、女性を象徴するような長く伸ばされた髪を耳にかけることで整えながらやっと赤司を認めたその人は照れくさそうに笑って言った。桜が色付き誇る様に似ているなどと、人の笑顔を見て思ったのは初めてのことであった赤司には新鮮で堪らない。桜というオプションがついただけで心を揺らす彼女に俄然興味が湧いた。人に興味を持つ、というのは、もう一人の自分はどうだか知らないが、キセキの世代と呼ばれる面々を除いて初体験となる。
赤司の興味対象は己に勝利出来るだけの存在であるか否か。だからこそ元部活仲間に少なからず興味を示している赤司だが、勝敗に関係なく心を動かす者というのは出逢った覚えがない。
これは面白い。
内面などおくびにも出さずににっこりと、周囲が言うところの紳士然とした笑顔を端正な表に貼り付けた。笑う、という行為は赤司にとって造作のないことである。ただ笑顔を見せるだけで人は好意的になるのだから、なんとも純粋で、なんとも滑稽な生き物だと思っている赤司が発することのなかった音を紡ぐ。