第1章 1
想いを寄せられている当人の実渕は色事に長けている節があったはずだが、伝わらないのは不思議であると苦笑を漏らした赤司が出した結論は、人事には聡いのに己のこととなると疎くなる傾向にあるらしいというものだった。多く向けられる視線に気付きもせず赤司を応援しているくらいだ、相当な鈍感だと知れよう。
「告白はしないのかい?」
余計な世話だと分かりつつも焦れた赤司がみょうじへ問う。入部当初から気になって仕方がなかったために落ち着きを取り戻した今相談に乗ってしまおうと考え二人きりの時間を狙って話しかけた。部長の赤司が二人の時間を作ることなど容易い。私情から多用してはいけないとは分かっているが、たまに、本当に稀にであれば悪くもないだろうと思うことにする。悪用しているわけでもなければ、こなすべき仕事はしっかりと果たしているのだから責められることもないはずだ。自分を正当化してみるもののやはり良いことではないなと苦く笑う赤司は、確かに善人とは言えない黒く濁った内面を持ち合わせているが罪悪感を感じないほどの悪人というわけでもない。好いた相手がせめて幸せになってくれれば、と願うほどには人の心を持っていた。でなければ多重人格に陥ることなどなかっただろう。
突然の指摘に身を竦ませ震わせたみょうじは嘘がつけない正直な心根の持ち主らしい。そこもまた可愛らしいと感じる部分の一つだが、自覚のない赤司が声にすることはなく案じる気持ちが喉を競り上がってくるままに従って音にしたのは確信だった。
「実渕が、好きなんだろう?」
赤司を認めたみょうじの目が大きく見開かれ驚愕を表す。なんで、と尋ねる声は掠れ羞恥から桃色で血色のいい頬が紅潮していた。動揺する彼女がつい転びそうになって支えた腕は柔らかく心地いい。次を強請った脳を無視して大丈夫かと声をかけた赤司に、ありがとうと返しながらも未だ混乱に陥っているらしい彼女の目が潤んでいた。恥じらって潤む瞳に高鳴る鼓動は異性に触れたからであり決して彼女だからというわけではないと結論付ける赤司もまた鈍い分類に相当すると相談に乗っておきながら本人は気付かない。
「誰も知らないと思ってたのに…」
言葉にすれば知られていた事実をしっかりと自覚して赤くなった頬を更に濃く染めたみょうじは泣いてしまいそうだ。